新薬で切らずに治す
副作用を軽減 完全に消失

最新科学に基づいたがん治療薬が次々と登場し、切らずに治す時代も夢でなくなろうとしている。一方で専門医不足や臨床試験(治験)・審査体制での問題点も浮き彫りになってきた。抗がん剤を巡る最近の話題と課題を2回にわたり紹介する。

「不治の病」克服 神奈川県に住む会社員Aさん(28)が、白血病と診断されたのは3年前のことだ。自覚症状がなく「(告知されても)まったく実感がわかなかった」と振り返る。

血液を作り出す細胞ががんになる白血病は若い患者も多く、長年「不治の病」の代表格だった。Aさんは、発症後4、5年は病状がゆっくり進行する慢性骨髄性タイプにかかった。染色体の異常が原因で、慢性期を過ぎ病状が急激に悪化し始めると決め手となる治療法がなくなる。

慢性期のうちに染色体異常をどこまで改善できるかが治療のポイントだ。Aさんは東海大病院(神奈川県伊勢原市)で標準治療の1つであるインターフェロンの投与を受けていたが、異常染色体は半分までしか減らなかった。約2年前、登場したばかりの抗がん剤「グリベック」による治療を主治医に勧められ、切り替えを決断した。

毎日自分で注射しなければならないインターフェロンと違い、1日カプセル4錠を飲むだけ。吐き気や筋肉痛などの副作用はあるが、日常生活にはほとんど支障がない。治療開始から数カ月たった最初の検査で異常染色体は完全に消えていた。「病気であることを自覚するのは毎朝薬を飲むときだけ」と喜ぶ。

課題は高額な薬代 グリベックは、慢性骨髄性白血病を引き起こすタンパクだけを攻撃するようコンピューターを使って設計された分子標的薬と呼ばれる抗がん剤だ。海外の治験で画期的な効果が確認され、国内では01年12月に発売。東海大病院では「これまで治療した約30人の患者のうち8割でAさんのように異常染色体が完全消失した」(堀田知光医学部長)という。

約60人の患者を治療した慶応大病院(東京・新宿)でも結果はほぼ同じ。これまで治療の切り札だった骨髄移植は、過去2年間実施せずにすんでいる。同大医学部の池田康夫教授は「(慢性骨髄性白血病の)治療戦略は大きく様変わりした」と語る。

課題はグリベックが1錠約3千3百円と高額なことだ。健保の3割負担で1カ月に約12万円にもなる。薬をやめると再発するかどうかが分かっていないため、現状では飲み続けなければならない。

30代や40代の患者が増えている乳がん。山王メディカルプラザ(東京・港)の渡辺亨オンコロジーセンター長は、3、4年前から「いずれは切らずに治療できるようになる」と主張してきた。「荒唐無稽(こうとうむけい)」と外科医から無視されることも多かったが、今年6月公表された米国の研究報告を聞き、持論に自信を深めた。

米屈指のがん専門病院、MDアンダーソンがんセンター(テキサス州ヒューストン)のチームが、手術前に「ハーセプチン」と呼ぶ分子標的薬を投与したところ、3人に2人の割合で乳がんが完全に消失した、というのだ。

乳がんのなかでハーセプチンが効くのは、「HER2」と呼ぶたんぱくが過剰になるタイプで、患者の約2割を占める。今回の成果は初期のがんに限定したもので、がんが消えたからといって乳がん治療に手術が不要となるかどうかは別問題だ。ただ、渡辺氏は「抗がん剤は飛躍的に進歩しており、2010年ごろまでには、手術をせずにすむ時代が来る」と予測する。

再発予防に効果 肺がんは、がんの中で男性はトップ、女性も胃がんに次いで第2位。早期に発見し手術をしても、5年以内に再発・転移し死亡することが多い。

東京医科大学(東京・新宿)の加藤治文教授らは全国百超の医療施設と協力し、「UFT」と呼ぶ抗がん剤に再発予防の効果があるかを確認する治験を約千人対象に実施。手術時に転移がなくがんの大きさが3センチ以上の患者に限ると、死亡の危険度が5割強減ることが分かった。

長年、肺がん手術を手掛けてきた加藤教授は「再発・転移と闘うには、外科的アプローチには限界がある。これらは抗がん剤をどう活用するかが、生存率を上げるカギだ」と話している。

通院治療、より快適に
吐き気などに苦しむイメージの強い抗がん剤だが、副作用を軽くする研究が進み、通院で治療を受ける患者が急増している。02年度から診療報酬の加算が付き、点滴専用のリクライニングシートを備えた「外来化学療法室」を設置する病院も相次ぐ。より安全、快適に抗がん剤治療を受けられる環境はますます整いつつある。

大阪府立成人病センター(大阪市)は昨年度、前年度の約1.5倍となる9千7百23件の抗がん剤治療を外来で行った。抗がん剤治療の認定看護師、小谷美智代さんは「治療効果に不安を持つ患者さんもおり、専門医や薬剤師、栄養士などが連携して対応している」と話す。患者増に伴い、来年3月にはリクライニングシートを倍の20床に増やすという。

国立病院機構「大阪医療センター」(同市)では、ロビーのソファでテレビを見ながら抗がん剤の点滴を受ける患者の姿も。短ければ30分程度だが、約6時間かかる場合もあり、担当の里見絵理子医師は「安全の確保は当たり前だが、患者が快適に治療を受ける場所が一番」と話している。

ことば
分子標的薬 がん細胞の増殖や転移の仕組みを研究し、関与するたんぱくだけに作用するようにつくられた治療薬。従来の抗がん剤は正常細胞にも働きかけるため治療効果が高いものほど深刻な副作用が出るが、副作用が少ないのが特徴とされる。
がんの原因が遺伝子レベルで解明されるにつれ、グリベックやイレッサ、ハーセプチンに続く新薬が次々と登場する見通しだ。ただ、服用をやめると再発するか、長期間飲んでも安全面で問題ないかなど不明な点も多い。

高い治療効果が注目されている抗がん剤
 
抗がん罪名と研究の動向など
肺がん イレッサ  世界に先駆けて2002年7月に日本で承認された。手術が難しく、治療法のなかった再発・進行性患者を対象に、がんを狙い撃ちするとして期待を集めたが、副作用により間質性肺炎を発症し死亡する事例が相次いだ
最近、EGFRと呼ぶがん関連遺伝子で変異が起きている患者によく効くことが判明。日本人女性で効果が高いとされる。
UFT  日本の研究チームによる大規模臨床試験で、早期患者に手術後に長期間投与すれば、再発・転移する危険度を大幅に引き下げることができることが判明した
乳がん ラロキシフェン  骨粗しょう症治療薬だが、米国で乳がん予防薬として効果があるかどうかを調べる大規模な臨床試験が進行中。結果がよければ、近親者に乳がん患者がいるなど発症リスクの高い人を対象にした予防薬として認められる見通し
ハーセプチン  米MDアンダーソンがんセンターの研究で、手術前にがんを小さくする「術前化学療法」で従来使用してきた抗がん剤と併用したところ、3人に2人の割合でがんが完全に消失した。国内でも同様の臨床試験が検討されている
大腸がん アバスチン  米国で今年2月、がん細胞への栄養供給を絶つ血管新生阻害薬として承認され、治療法のなかった再発患者に適応が認められた。国内でも年内をメドに臨床試験が始まる見通し
白血病 グリベック  経口タイプが登場、日本では2001年11月に慢性骨髄性白血病治療薬として承認された。発症に関与するトリシンキナーゼと呼ぶ酵素が活性化するのを阻害する。03年7月には消化管の壁にできる消化管間質腫瘍(しゅよう)向けにも認められた
2004.10.31 日本経済新聞