『養生訓』では「五官の是非を正すべし」として、目、耳、口、鼻、体の「五官」は見る、聞く、言う、食べる、かぐ、動くという役割を担っており、しっかりした管理が大切と指摘している。これらは老化とともに低下することが多く、日常生活を送るうえで大きな影響が生じる。ここでは耳を取り上げてみる。
耳が遠くなったと感じる人は多い。私たちの調査では40歳代でも約3分の1、60歳代では半数の人が聴力障害を自覚している。聴力検査の結果では40歳代で聴力が落ちたと思っている人の実際の聴力は、60歳以上で聴力は悪くないと思っている人の聴力よりもよい。つまり年を取るほど障害の自覚が乏しくなっている。また女性よりも男性の方が自覚に乏しい。
年を取ると聞こえにくくなってくるのは、主に周波数が4000ヘルツ以上の高音。電子体温計のピッピッピッという音は高音なので高齢者には聞き取れない場合もある。体温計以外にも警報音は高いものが多く、高齢者は聞き逃すこともあり、注意が必要だ。
老化による聴力の低下は男性の方が早い。聴力の低下には神経そのものの老化や、鼓膜やその奥の音を伝える耳小骨の変化、聴覚に関する感覚細胞の脱落など、様々な原因があるとされる。
生活習慣も重要な要因で影響が大きいのは騒音。生活環境や職場の騒音にも対策は必要だが、最近はヘッドホンを使って大音響で音楽を聴いている若者が多く、問題だ。
喫煙の影響も大きい。若い人の場合は喫煙者と非喫煙者を比べても聴力の差はほとんどない。しかし40歳代以上になると影響が表れる。たばこの本数が多いほど、聴力の低下は強いことが私たちの調査で分かった。特に女性でその傾向が強く、喫煙すればするほど聴覚の老化が加速される恐れがある。
ほかの危険因子としては高脂血症や糖尿病などがある。これらは喫煙も含めて動脈硬化の危険因子とほとんど一致する。加齢に伴う聴力の低下は、血管の老化と関係があるのではとも考えられる。騒音に注意し、喫煙をやめて健康を守るように心がけよう。
(国立長寿医療センター疫学研究部長 下方 浩史)
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