科学的根拠弱いものも

体に「いい」「悪い」と信じ込んできた「健康常識」にも実は推測の域を出ていなかったり、科学的に真偽がはっきりしていなかったりするものも少なくない。最近の研究成果から、常識を覆す新説をいくつか見てみよう。

■ビールと痛風
ビールは痛風患者にとって大敵と言われてきた。プリン体と呼ぶ物質が含まれ、痛風の元凶となる尿酸値を押し上げるからだ。痛風と診断されると医師からビールを控えるよう指導されることが多い。
プリン体量はお酒の種類によって違う。ビール(大瓶1本)は32.4ミリグラムなのに対し、日本酒(1合)は2.2ミリグラム、ワインやウイスキーにはほとんど含まれていない。

「大のビール好き」を自認する鹿児島大学医学部の納光弘教授は4年前、痛風になったことをきっかけに自らを実験台にしてビールをどの程度飲むと痛風の症状が悪化するか調べた。
ビールや日本酒などを大量に痛飲したり断酒したり。採決・採尿回数はそれぞれ200回、600回を超えた。その結果、ビールなら750ミリリットル、日本酒なら1.5合以下までなら尿酸値は上昇しないことがわかった。

ビールは日本酒などに比べアルコール濃度が低く水分を多く摂取する。利尿作用もあり尿量も増える。これが痛風の合併症の尿路結石の予防にもなる。納教授は「ビール中のプリン体ばかりを気にする必要はない。痛風患者は、むしろ飲み過ぎや食べ過ぎに注意すべきだ」と指摘する。

■食物繊維
「食物繊維を多く取っても大腸がんが予防できるとは言えない」。こう話すのは京都府立医科大学の石川秀樹医師だ。便通をよくする食物繊維だが、豊富に食べているアフリカ人に大腸がんが少ない、と30年以上前に英国人学者が発表してからこの「常識」が急速に広まった。

石川医師らはポリープを切除した経験があり大腸がんになりやすい約400人を対象に、食物繊維である小麦ふすまの効果を調べる実験をした。4年間、小麦ふすま入りビスケットを毎日食べ続けたグループの方が、摂取しないグループより新たな腫瘍が発生した確率がわずかだが高かった。1センチ以上の腫瘍は摂取群には7人いたが、非摂取群ではゼロだった。

食物繊維の予防効果については欧米の研究でも結論が割れている。石川医師と同様の成果が発表される一方で、WHO(世界保健機構)の関連団体の調査では「効果あり」と結論付けている。

■日射量
陽射しが強まるこれからの季節は、紫外線にさらされる機会が増える。肌を守るため外出時には、帽子をかぶったり日焼け止めクリームを塗ったりする人も多い。しかし、日光浴とがん予防との意外な関係を指摘する研究もある。

九州大学の溝上哲也助教授は、日射量が少ない地域ほど大腸がんや胃がんなど消化器系のがんで死亡する人が多いという事実を見つけた。各都道府県の1961年から30年間の平均日射量と、2000年の発生部位別のがん死亡率を比べた。東北や北陸など日射量が少ない地域ほど消化器系がんの死亡率が高く、逆に四国や九州南部は低かった。

食塩摂取量など食生活の影響は除いてある。溝上助教授は「紫外線の作用でビタミンDが体内で合成され、がんを抑制した可能性が考えられる」と解説する。米国やカナダ、ロシアでも高緯度の地域住民に消化器系がんが多いという報告もある。ただ紫外線が皮膚がんになりやすくなるのも事実で、直射日光を大量に長時間浴びるのは、やはり良くない。

■無農薬
スーパーに並ぶ色とりどりの果物。無農薬だと安全性が高いとされるているが、必ずしも万全ではなさそう。最近、森山達哉近畿大学講師らの研究で、無農薬栽培のリンゴの方がアレルギー症状を起こす恐れのある物質が多いことがわかった。

花粉症患者には、リンゴやメロンなどを食べると口がかゆくなったり唇が腫れたりするケースがある。これは花粉と似た構造の物質が果物にも含まれているため。森山講師は、リンゴアレルギーの症状がある花粉症患者の血液を利用し、栽培条件の違いがアレルギー物質の量にどう影響するかを調べた。

「無農薬」「減農薬」「通常の農薬使用」の順でアレルギー物質の含有量が多かった。「無農薬だと病害虫を避けるため、生体防御たんぱく質が盛んに作られる。これがアレルギーの原因になっている」と森山講師は分析する。
ほかにもある健康常識の?
たばこは低タールのほうが体に良い
・肺がんの発症リスクは一般にたばこと大差なし
太らないため生野菜サラダを食べている
・ドレッシングが高カロリーなことも
・ホウレン草中のシュウ酸を大量摂取すると結石ができる危険性も
体力維持のため運動を始めた
・月1回程度なら効果が少なく、逆に張り切りすぎて骨折などを招くケースも
高齢になったので粗食を心がけている
・肉類も必要。低栄養だと老化が進みやすくなる
ひとくちガイド
《本》
◆痛風の闘病記と克服法を詳しく知りたいなら
『痛風はビールを飲みながらでも治る!』(納光弘著、小学館文庫)
◆老年学の立場から健康に冠する誤解を検証
『中高年健康常識を疑う』(柴田博著、講談社選書メチエ)



ほかにもある健康常識の?

たばこは低タールの方が体に良い
肺がんの発症リスクは一般のたばこと大差なし

太らないため生野菜サラダを食べている
ドレッシングが高カロリーになることも
ホウレン草中のシュウ酸を大量摂取すると結石ができる危険性も

体力維持のため運動を始めた
月1回程度なら効果が少なく、逆に張り切りすぎて骨折などを招くケースも

高齢になったので粗食を心がけている

肉類も必要。低栄養だと老化が進みやすくなる






2005.5.15 日本経済新聞