2004年、日本のがんによる死亡数は32万315人、結核は2,328人だった。法律で義務付けられた死亡診断書に基づく集計だ。では、がんや結核と診断されたのは何人だろうか。
結核は、法律で氏名・住所を含む患者発生の届け出が義務付けられている。2004年の新規患者数は、29,736人。一方、がんは届け出の義務も、国の統計もない。一部の自治体による「地域がん登録」の結果に基づき、研究者が推計している。精度は必ずしも高くはなく、50万人とも60万人ともいわれる。
がんは日本人の死因第1位だが、その対策に必要なデータがない。心筋梗塞(こうそく)や脳卒中の発症も同様だ。米国など先進国の多くには、国が定めたがん登録制度がある。がんの発生数やその増減、地域の特性、5年生存率などの確実な情報が、適切ながん対策の基盤となっている。
例えば、胃がん死亡率の減少の大半が発生率の減少で説明できる。米国で乳がんの発生率は増えていながら死亡率が減っているのは、女性の約8割が乳がん検診を受けた結果とみられる。悪性中皮腫が造船工場のある地域に集積し、アスベストとの関係がわかった。
最近の個人情報保護に関する意識の高まりは、必然的な流れなのかもしれない。しかし、公共の利益として還元されるための情報の収集も困難になっているのが現実だ。
がん登録は国政調査と同じく、全例を把握するための制度だ。予防医学の研究の資源となるのは、できるだけ実情を反映し、偏りなく集積されるデータである。がん登録にも本人の同意が必要となれば、費用や労力や時間の問題が生じるだけでなく、偏ったデータから科学的に正しくない結果が導かれかねない。
国民1人1人には、個人情報を守る権利がある。同時に、公的保険医療というシステムの成り立ちからも、公共の利益のために個人情報を提供する責務もあるのではないだろうか。もちろん、情報は厳重に管理され、提供者に不利益のないことが前提になる。
(国立がんセンター予防研究部長 津金 昌一郎)
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