医師ら「期間長く」「若者支援を」


喫煙を習慣ではなく治療が必要な「脳の病気」と位置づけ、昨年4月から禁煙治療に保険が適用されるようになって間もなく1年。保険診療を始める医療機関も広がり、張り薬のニコチンパッチも6月から適応対象となって患者負担が軽減したため、受診者は徐々に増えている。しかし医療現場では、保険診療の条件が厳しすぎるといった問題点も浮かび上がってきており、緩和などを求める声も出ている。

「腕にニコチンパッチを張ると口の中がヤニ臭くなる感じがして、不思議と手が伸びなかった」。会社員の岡村文吾さん(34)は昨年10月、知人の勧めで国立国際医療センター(東京・新宿)の「禁煙外来」を受診。10年以上続いた毎日1箱以上の喫煙にピリオドを打った。

これまでに2回、禁煙に失敗。今回も禁煙を始めてから4週目にたばこに手が伸びたが、「気持ちが悪くなり、最後まで吸うことができなかった」。その後はたばこを吸うことなく、当面の目標だった3カ月をクリア。「次は3月に受診し、進ちょく状況を報告する」と話す。

独自の指導で成果
岡村さんが受けた保険が適用される禁煙治療は、10項目による問診でニコチン依存症と判定されるなどの条件を満たせば、12週間にわたって受けられる。自己負担は、3割負担の場合で計1万円強だ。

同センターは昨年9月に保険診療を開始。保険のきかない自費診療だったそれまでより新規患者が約5割増え、月に約10人の患者が新たに受診している。軽い気持ちで受診する人が増えると禁煙成功率は下がりそうだが、「治療開始から12週間後の成功率は、ほぼ変わらず7割」(第一総合外来の有岡宏子医長)。

一般に禁煙治療の成功率は平均5割前後で、同センターの高い成功率の秘訣は、最もきついとされる治療開始からの3、4日を乗り切ってもらうため、通常2週間後の再診日を1週間後に設定していることだ。さらに必要なら次回も1週間後に受診してもらい、指導を徹底する。ただ「保険診療が終わる3カ月後にもヤマがある。うちでは1年間フォローしているが、保険で半年程度まで対応すべきだ」と有岡医長は指摘する。

医療現場では受診者の増加とともに、こうした診療計画や適用条件に対する注文が多く聞かれる。「『1日の喫煙本数×喫煙年数=200以上』の厳しい条件が足かせとなり、若い世代が保険対象にならない」という指摘も多い。

未成年者の禁煙指導にあたる「卒煙外来」を全国の大学病院に先駆け05年9月に開設した群馬大病院(前橋市)。大人向けよりも念入りにたばこの害などについて説明し張り薬などを処方するが、喫煙歴の短さがネックとなり保険がきかない。これまでの受診者は男子中高生計2人で開店休業状態。「大人の喫煙者の半数以上が20歳になる前に喫煙を始めており、早期の禁煙支援が欠かせない」と卒煙外来を担当する水野隆久医師は強調する。

厚労省が実態調査
「禁煙治療は外来診療が前提となっていて、入院患者が対象外になる問題もある」との声も。こうした指摘に対し、禁煙治療の診療手順の策定などにかかわった大阪府立健康科学センターの中村正和・健康生活推進部長は「改善すべき点が多いのは確か。だが昨年4月の保険適用は、喫煙がニコチン依存症という病気で、国が医療費を投じても治療すべき対象だと方向付けた点に意義がある」と話す。

昨年7月全国で2千9百カ所だった保険適用施設は、今年1月末には4千2百51カ所と急増している。禁煙治療の実態を把握するため、厚生労働省が全国1千施設を対象に調査を実施中で、3月までに受診者数や禁煙成功率などをまとめる。「約3千万人いる国内の喫煙者の0.1%が禁煙すれば、がんなどの病気になる人が減り、保険適用から7、8年で総医療費は減額に転じる」と中村部長。厚労省も「調査の結果次第で、08年診療報酬改定で保険適用の範囲の拡大を検討する」という。

「敷地内禁煙」が条件、医療機関に難題
保険診療による禁煙治療を実施するには、医療機関側にも厳しい条件が課されており、最もハードルが高いのが敷地内禁煙だ。患者やその家族から喫煙の要望が多い上、医師や看護師ら医療関係者の喫煙率も高く、最終的には院長らトップの「鶴の一声」で敷地内禁煙に踏み切っているケースが多い。

順天堂大学順天堂医院(東京・文京)と国立国際医療センターはその典型。順大病院では入院前に患者から禁煙の同意書を提出してもらい、医師らが施設内を見回る徹底ぶり。国際医療センターは患者らに禁煙を求める掲示をし、職員向けの禁煙外来も積極的に勧めている。

ただこれらの施設では、職員や患者らが敷地外のコンビニエンスストア前などで喫煙するといった問題も生じ始めており、順天堂医院の瀬山邦明教授は「地元の町内会と組み、地域に禁煙の輪を広げたい」と話す。

敷地内で客待ちするタクシーを禁煙車両のみ制限している虎の門病院(東京・港)さえ、「入院患者が無断で外出するようになっては危険」(吉村邦彦内科部長)と、あえて敷地内の喫煙所を残しており、保険診療はできない。

しかし医療機関の間には「患者の健康を預かる医療機関にとって禁煙の支援は重要な責務」(同病院)という考えは浸透しつつあり、敷地内禁煙に踏み切る医療機関も徐々に増えていきそうだ。
  (川俊成、長谷川章)

ことば
▼ニコチンパッチ ニコチンを含む張り薬。腕に張ると体内に少しずつニコチンが浸透し、禁断症状をを抑えながら禁煙できるようになる。パッチを使うと、使わない場合に比べて禁煙成功率は1.7倍に高まり、ガムをかんでいる間だけ体内にニコチンが回る「ニコチンガム」よりも成績は高いという。
昨年4月、禁煙治療の保険診療が始まった当初は保険の適用外だった。パッチを処方すると混合診療になり、カウンセリングなども保険適用が認められなくなるとして診療現場で混乱を招いた。


保険診療による禁煙治療の主な条件

▽患者として受診するには?

・10項目の問診でニコチン依存症と診断
・1日の喫煙本数に喫煙年数を掛けた数が200以上
・直ちに禁煙することを希望
・医師から禁煙治療の説明を受け、文書で合意

▽医療機関が実施するためには?
・敷地内禁煙
・呼気の一酸化炭素濃度測定器を配備
・禁煙治療にかかわる専任の看護師・准看護師を1人以上配置
・患者の禁煙成功率を社会保険事務局長に報告


2007.2.25 日本経済新聞