効率的に筋力・代謝アップ
寝たきり防止・生活改善



スポーツ科学を健康増進に役立てようという試みが広がっている。スポーツ選手の能力を高めるトレーニングは、一般の人にも効率的な筋力アップや新陳代謝の向上につながることがわかってきた。高齢者の寝たきりや生活習慣病の予防、リハビリに役立つと期待を集めている。

千葉県柏市にあるマンモス団地の豊四季団地。商店街の空き店舗を活用した「10坪ジム」で、高齢者たちが思い思いのトレーニングに励む。最近はよく見る光景だが、街のスポーツジムにはないマシンが並ぶ。

日本陸上競技連盟の科学委員長を務めた小林寛道・東京大学名誉教授が開発した。例えば「スプリントトレーニングマシン」は、陸上100メートルの元世界記録保持者カール・ルイス選手の走法を研究するなかから生まれた。ペダルに足を固定して楕円(だえん)状に回転させる運動で、足を動かすというよりは腰を上手にひねることで速く走れるようになる。短距離やマラソン、競歩に生かすと記録が向上した。

このトレーニング法は高齢者には縁がなさそうだが、実はそうではない。背骨と太ももの骨とをつなぐ大腰筋を効果的に強化できる。大腰筋は年をとると顕著に衰える筋肉で、弱ると歩く時に足を引き上げ前に出す動作がうまくできなくなる。日常生活でも階段を一段飛ばしで上ったり大またで歩いたりすることで鍛えられるので覚えておこう。

静岡県は2005年度、40−80歳の141人を対象に3カ月間、「スプリントトレーニング」を実施した。左右の大腰筋の筋力が平均10.1%向上したという。老人介護施設にいる認知症患者の7人中5人で症状が改善した。

小林名誉教授は「研究の対象数が少ないので検証が必要だが、普通のマシンよりも多くの関節を同時に動かすため、脳を刺激するのではないか」と話す。

大リーガーのイチロー選手やテニスの杉山愛選手らが練習に取り入れている「初動負荷トレーニング」。東京都町田市は高齢者の介護予防策として1月に導入した。専用のマシンがあるワールドウィング町田には、65歳以上の高齢者20人が週2回通う。

同トレーニングは「カリスマトレーナー」と呼ばれる小山裕史氏が考案した。動作の最初から最後まで筋肉に負荷をかけ続けるのではなく、最初にだけ力を加え、後は慣性に従って動きを続ける。

高齢者はゆっくり筋肉を動かす方がよいと思いがちだが、これだと筋肉が硬くなる。初動負荷は筋肉を瞬間的に引き伸ばして素早く縮めることを繰り返し、関節の可動域を広げる。無理なく鍛えられることから、リハビリ用に導入する病院が増えている。

ワールドウィング町田の松本貫志氏は「筋肉が疲労しにくく、長時間のトレーニングが可能だ」と話す。参加者はみな血圧が低下したという。

マラソンや陸上、水泳などの選手が実施する高地トレーニングも生活習慣病を予防する効果が期待できることがわかってきた。酸素が薄い環境でのトレーニングは血液中のヘモグロビンを増やして持久力を高めてくれる。標高2000−2500メートルの高地で運動すると、脂肪の代謝は平地に比べて5−10%高まることもわかってきた。高地では成長ホルモンの分泌が促され、脂肪の分解が進むという。

鹿屋体育大学の荻田太教授は低酸素トレーニング室を使い、20代、30代の12人に対し、1回30分のトレーニングを週4回、4週続けた。体脂肪率は約3%、コレステロール値も6%ほど低下した。「ウオーキングのような軽い運動でも、生活習慣病の予防に役立つ」(荻田教授)
一般の人が低酸素トレーニング室を利用することは難しいが、1000−1500メートルの山歩きでも効果はある。

スポーツ科学のある大学は研究成果の社会還元に力を入れている。一流選手の活躍だけでなく、「元気な社会」づくりという副産物も期待できそうだ。 
(青木慎一)


スポーツ科学は健康増進にも役立つ

理想の走り方をマスター  →大腰筋増強  高齢者の寝たきり防止
空気の薄い環境で軽い運動 →心肺機能向上 生活習慣病予防




2007.3.25 日本経済新聞