視野の中 黒い像が動いたら
軽症多いが油断は禁物
視野の中で黒や灰色のかけらのような像がゆらゆらと動く「飛蚊(ひぶん)症」。「重大な病気では」と不安がる人もいるかもしれない。中年以降に発症する場合、多くは目の老化が原因。治療では取り除けないが、症状は時間とともに軽くなっていくことが多い。ただ、まれに網膜剥離(はくり)などが起きることもあるので眼科を受診し症状を正確に把握した方がよい。
東京都の会社員Aさん(41)は、突然右目の視野にゴマのような黒っぽい点々が浮かぶようになった。目を動かすと黒い点も一緒に動く。数日後に点の境界がぼやけ、全体が灰色の雲のようになった。「ものが見にくく、うっとうしくて」眼科を受診した。
井上眼科病院(東京・千代田)の森山涼医師はAさんの眼底を検査し、「後部硝子(しょうし)体剥離」と診断した。白髪やしわと同じ老化現象の一種だという。
60歳の3割発症
硝子体は眼球の中を満たす卵の白身のような、ゼリー状のゲル組織だ。スクリーンの役目をする網膜に包まれている。年を取ると次第にゼリーが溶けるように液化し、やがて後部に穴が開いて液化したものが後方に流れ出す。残ったゲル状の硝子体は収縮して前方に押しやられる。硝子体と網膜が離れるので、後部硝子体剥離と呼ぶ。
60歳で3割、80歳でほぼ全員に起きるとされる。近視があると早まり、30−40代で起きることも少なくない。目の手術や外傷がきっかけになることもあり「最近は近眼治療のレーシック手術の普及で、若いうちに後部硝子体剥離になる人が増えている」と森山医師は話す。
硝子体が網膜から離れると、表面の凸凹がスクリーンである網膜に映るようになる。硝子体表面の一部はコラーゲン線維が固まって厚くなっており、これが網膜上に影となって映る。「虫が飛んでいる」「黒っぽい糸くずが浮かんでいる」など見え方は人によって様々。視神経の周囲はドーナツ状に厚くなっているため、たばこの煙の輪のようなものが見えることもある。
ただし白い壁を見たときに半透明のゴミやビーズのようなものが浮遊して見えるときは、硝子体の中に生まれつき濁りがある別の飛蚊症だ。
硝子体剥離による飛蚊症は老化に伴う自然の現象で、治療はできない。硝子体の収縮が進むにつれて網膜との距離が開き影がぼやけるため、症状は次第に軽くなることが多い。また脳が異物を無視するように働くので、「半年ほどでさほど気にならなくなる」(森山医師)という。
ただ、まれに網膜の異常が隠れているので用心が必要だ。硝子体が収縮する際に網膜が引っ張られて穴が開いたり、その穴から網膜下に液体が入り込んで網膜剥離を起こしたりすることがあるのだ。
このほか網膜の血管が切れて眼内に出血したり、リウマチなどからくる「ぶどう膜炎」という病気がある場合にも、飛蚊症が起きる。きちんと見分けるには眼底の検査などが必要。「いずれ治るだろう」と放置しない方がよい。
すぐに眼科受診を
網膜剥離の日帰り手術を手掛ける竹内眼科クリニック(東京・台東)の竹内忍院長は「飛蚊症の症状が出たら、すぐに眼科を受診してほしい」と話す。網膜に穴が開いている場合にはレーザーを照射して固め、網膜剥離への進行を防ぐ治療法もある。
網膜に異常が起きる危険は飛蚊症が始まった直後は大きく、次第に小さくなる。当初は1、2週間に1回、次第に間隔を開けて検査する。暗いところで突然ピカリと光ったように見えたり、飛蚊症がひどくなったりした場合には網膜が裂けている可能性があるので直ちに受診する。異常が数カ月になければ、その後はほぼ心配なくなるという。
「飛蚊症に良い」とうたったサプリメントも市販されているが、竹内院長は「科学的な根拠はない」と指摘する。
「年を取るのやめない限り防ぐことはできません」。症状が出た直後の一定期間は注意して過ごす必要があるが、その後はできるだけ気にしないようにするのが、一番の対応策のようだ。 (古田彩)
こんな時にはすぐに眼科へ
・突然、飛蚊症が始まった
・飛蚊症に加えて視力が低下したり、視野の一部が見えにくくなったりした
・暗いところで稲光のような光がピカリと走るのが見えた
・視野の中を浮遊するものが急に増えた
飛蚊症が起こる仕組み
@子供の時の眼球。硝子体は均一なゲル状
A加齢と共に硝子体の一部が液化して、後ろに開いた穴から流れ出る
B液体が流れ出て硝子体が前方に収縮。硝子体の表面の厚い部分が、網膜に影を落とす
一緒に発生しやすい目のトラブル
@網膜に穴が開く
硝子体が収縮する時、一部が網膜にくっついて引っ張り網膜が裂ける
A網膜剥離
網膜に開いた穴から液体が網膜の下に流れ込み、網膜がはがれる
ひとくちガイド
《ホームページ》
◆日本眼科医会が提供する飛蚊症の詳しい情報は
http://www.gankaikai.or.jp/health/08/index.html
網膜剥離(はくり)と網膜裂孔の症状や治療法を知るには
http://www.skk-health.net/me/12/index.html |