間違いだらけの健康学


聖路加国際病院予防医療センター長   堀 三郎

日本人の死亡原因のトップに立つがんも、その種類を歴史的に振り返るとやはり生活習慣病だけあって、その時代時代の自然・社会環境や文化的環境の変化を受けてさまざまに変遷してきました。前回は40〜50年前のがんと今とを同じ日本人で比較しましたが、では外国人と日本人を比較するとどう違うのか、今回は地理的、人種的差異について見てみたいと思います。

日本人のがんで死亡率が高いのは、男性が1.肺、2.胃、3.肝臓、女性は1.胃、2.大腸、3.肺、というのが1999年のワースト3でした。では、アメリカ人はどうでしょう。

アメリカ人男性のがん罹患率が高いのは、黒人白人ともに前立腺、大腸、肺、すい臓、白血病などでこれは生活習慣として喫煙習慣があり、高脂肪の食事を摂取する人に多いパターンといわれています。また、女性の場合、白人は乳房、卵巣、子宮体部、肺、膀胱、リンパ腫の罹患率が高く、黒人女性はすい臓、肺、結腸と人種によって異なります。が、生活習慣的にはどちらもたばこ、高脂肪の食事というパターンである点では共通しています。

ここで前回のお話を思い出していただきたいと思います。同じ日本人を昔と今とで比較すると、男性の場合肺がんによる死亡率は過去40年で3.5倍に上昇、前立腺がんは3.9倍、すい臓がんも3.1倍に上昇していますし、女性では乳がんが2.1倍、肺がんが2.6倍に上昇しているのです。さらにいえば前回、女性の子宮がんはワースト5から姿を消したといいましたが、減少したのは子宮頸がんであって子宮体がんはむしろ増加しているのです。つまり、日米のがんの種類を比較すると男女とも重なるものが増えてきているのです。これは食事等の生活習慣が次第に欧米化してきていることの証拠といっていいでしょう。

ちなみに罹患率の高いがんを地域で見ると、男性は香港、中国、日本で肝臓がんが多く、そのベースにはウイルス感染の多さがあると指摘されています。さらには中国系の多い国では鼻咽のがんも多く、これもまたウイルス感染が原因といわれています。また、日本、ブラジル、韓国、中国では胃がんの罹患率も高く、背景には塩分濃度の高い食品という共通項がありと報告されています。
一方、日本や東南アジアで低く、インド、ブラジル、フランスの男性に多いのが、たばこを吸いお酒もよく飲む人に多いとされる口腔(口の中)、喉頭、食道のがんです。

いずれにせよ、日本人のがんと海外諸国のそれとを比べてわかるのは、1.胃がんの死亡率は男女とも欧米より日本のほうが高い、2.肺がんと乳がんはアジアでは日本が一番高いが、欧米諸国に比べればまだ低い、3.すでに欧米に並びつつあるのが大腸がんである、とうことです。

ひところ、がん検診や人間ドックに対して本当に効果があるのかといった議論が起きたことがあります。実効を上げるにはターゲットをその国その民族に多いがんにシフトして、さらに有病率の高い集団を対象にすればいいのですが、現実には技術的な壁が厚く理屈どおりにはいきません。が、現在とりうる方法の中でも効果を上げる方法はあります。たとえば、男性なら、死亡率上昇著しい前立腺がんには「PSA」というよい腫瘍マーカーがあるので、これを活用する。ウイルス感染による肝がんの場合には、肝炎ウイルス関連マーカーの血液検査で陽性と出たら丁寧なフォローアップを実行するといった方法です。が、何より本人がたばこをやめるなど自助努力して、重大なリスクファクターを取り除くことが実は最も確かな効果を持っていることは間違いのない事実です。

(2001.5.26 週刊東洋経済)