日本人の生活リズムは、縄文時代に比べると40倍も速くなっている。――警鐘を鳴らすのは、生物学者の本川達雄・東京工業大学教授。「磯に横たわるナマコや動物園のナナケモノをじっくり観察して彼らのゆったりした時間の過ごし方の意義を学んでほしい」。夏休み前に強い時間ストレスを抱える現代人に対し呼び掛ける。 |
「ゾウの時間ネズミの時間」(中公新書)で知られる本川教授は、人間のエネルギー消費量の変化に着目する。日本人の一人当たり平均エネルギー消費量が、体が消費するエネルギーつまり標準代謝率の10倍に達したのが1961年。その後、高度経済成長の波に乗って急上昇し、今や40倍にのぼっている。「エネルギーを使えば使うほど時間が速く進む」というのが本川教授の考え。照明が昼夜変わらぬ環境をつくり、24時間営業のコンビニエンスストアや工場は、人間が休息していた夜を追放する。交通・通信機関の発達がヒトや情報を猛スピードで移動させる。
その結果、社会生活のリズムは速くなり、「現代の時間は縄文時代に比べるとほぼ40倍速くなっている」と指摘する。
本川教授の研究によれば、変温動物から恒温動物への進化の過程で、標準代謝率はざっと30倍増え、生活リズムも約30倍速くなった。日本人(生活リズムの変化は、そんな進化過程をも上回る勢いなのだ。
生活リズムの変化と軌を一にするように、日本人の睡眠時間も短くなる。NHK生活時間調査によれば、成人男性の平日の睡眠時間は1960年で8時間15分。40年後の2000年には、7時間29分で、46分も短縮している。
人間が本来の生活リズムを速めれば、それはストレスとなって心身に支障をきたす。といって縄文時代に戻るわけにもいかない。本川教授は言う。「生物学的に言えば、体のエネルギー消費量の10倍程度。つまり1961年の頃の生活リズムが限度ではないか」
生活リズムを考える際に参考になるのは、進化の系統図で人間に近いチンパンジーやゴリラ、オランウータンといった大型類人猿。
京都大学霊長類研究所の松沢哲郎教授によると、同研究所のチンパンジーは、食事は人間同様、1日3食取るが、1日の生活リズムは野生と同じ。夜と昼の睡眠時間を合わせると14時間ほどだ。「ゆったりした1日の生活リズムは、ちょうどチンパンジーの体格に合っているのだろう」
松沢教授が野外の生態観察をしているアフリカ・ギニアの森。ここではチンパンジーも、森に住む原住民マノン族もほぼ同じ生活リズムを持っている。
本川教授が「ヒントにしてほしい」と勧めるのは、ナマケモノやナマコの生き方だ。
ナマケモノは、中南米ジャングルにすむ。呼吸も、心臓の動きも、神経の伝達速度もゆったりしている。昼は寝て、夜少しだけ起きて葉を食べる。普段は高さ20−30メートルの木の枝にぶら下がって、あまり動かないからエネルギーの消費量が極めて少ない。
ナマコは幼生の時代、潮流に乗り太平洋を横断するほど活動する。おとなになると海の底に沈み、ゆったりと過ごす。子供、成人、老人が皆同じ時計のリズムで生活する人間が手本にすべきライフスタイルだ。
「同じ会社の中でも、20代と50代とが同じペースで仕事をすれば、年配者の心身の負担は大きくなる。世代ごとのペース配分を確立することも大切だ」と本川教授。
この半世紀の間に、日本人の生活はせわしくなり過ぎた。人間が地球上にすむ生物の一種であることを自覚し、改めて生活リズムを検討する時期を迎えている。(編集委員 足立則夫)
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