抗菌薬の多剤併用が潰瘍性大腸炎の治療に有効との報告がある。慈恵医大柏病院消化器・肝臓内科教授の大草敏史氏が提唱する「ATM療法」だ。アモキシシリン、テトラサイクリン、メトロニダゾールの3剤を2週間併用することで、潰瘍性大腸炎の炎症スコアを著明に改善した。大草氏らの研究は今年、米国消化器病学会雑誌「The American Journal of GASTROENTEROLOGY」に掲載され、注目を集めている。
大草氏が活動期の潰瘍性大腸炎に対して、ATM療法を行い始めたのは、2003年ごろ。以前から潰瘍性大腸炎に対する腸内細菌の影響を研究していた大草氏は、潰瘍性大腸炎の増悪因子として嫌気性菌のFusobacterium varium(F.varium)に注目。このF.variumを標的とした抗菌薬多剤併用療法として考案したのが、ATM療法だ。ヒントとなったのは、ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)の除菌療法だったという。
使用するアモキシシリン、テトラサイクリン、メトロニダゾールは、経口投与が可能な抗菌薬の中から、F.variumの感受性試験で最小発育阻止濃度(MIC)の低い順に選択した。「これまで、ステロイド抵抗性を中心に、約600人の難治性潰瘍性大腸炎患者に対して、ステロイドに代わる寛解導入を目的として治療を行ってきた。このうち5〜7割の患者で症状の改善が確認できた」と大草氏は話す(症例1)。
症例1 ステロイド抵抗性潰瘍性大腸炎患者に対し、ATM療法が有効だった一例(提供:大草氏)
26歳、男性。罹病期間は9年。プレドニゾロンの総投与量は10076mg。
二重盲検試験で治療効果を確認
大草氏らは、ATM療法の治療効果を確認するため、罹病期間が1年以上の再発性、難治性の潰瘍性大腸炎患者を中心に、04年から06年にかけて国内の11カ所の医療機関で二重盲検試験を行った。210人をATM療法群とプラセボ群の2群に分け、ATM療法群には、アモキシシリン1500mg分3、テトラサイクリン1500mg分3、メトロニダゾール750mg分3を2週間連続して服用させた。
治療後3カ月で、潰瘍性大腸炎の活動性を評価するMayoスコア(便回数、血便の有無、内視鏡所見と医師の全体評価の4項目についてスコア化したもの。各項目ごとに0〜3点で評価し、活動性が最も高いと12点となる)は、ATM療法群では平均2.10ポイント改善。プラセボ群の改善は平均0.52ポイントで、両群に有意差が認められた(P<0.0001)(図1)。同じく12カ月のMayoスコアは、ATM療法群では平均2.36ポイント改善したのに対し、プラセボ群での改善は平均0.58ポイントで、やはり両群に有意差が認められた(P<0.0001)。
図1 ATM療法後のMayoスコアの推移(提供:大草氏)
治療後3カ月でMayoスコアは平均2.10ポイント改善。
治療後12カ月でも平均2.36ポイント改善していた。
治療前のMayoスコアが6から12だった重症患者を対象としたサブ解析では、内視鏡で確認できる粘膜の改善率(Mayoスコアの内視鏡所見の基準で、0または1点となったものを改善とみなした)が、治療後3カ月のATM療法群では49.2%だったのに対し、プラセボ群では21.6%だった(P=0.0034)(図2)。同じく12カ月には、ATM療法群が55.4%だったのに対し、プラセボ群は23.5%だった(P<0.0001)。
今後はステロイド依存性や初発患者にも範囲を拡大
大草氏らはさらに、ステロイド依存性の患者におけるステロイド離脱効果についてのサブ解析を実施。ステロイド依存性患者のうち、ATM療法群では治療後6カ月、9カ月、12カ月にそれぞれ28.6%、34.7%、34.7%がステロイド離脱(ステロイド投与がなくても寛解維持の状態が最低1カ月以上続いている状態)が可能だった。プラセボ群でステロイド離脱可能だったのは、それぞれ11.8%、13.7%、13.7%にとどまった。
図2 Mayoスコアの基準による重症患者の
内視鏡像の改善率(提供:大草氏)
Mayoスコアの内視鏡所見の基準で0、または1点ととなったものを
改善とみなしたときの改善率。
ATM療法群では治療後3カ月で49.2%の患者が改善した。
こうした試験結果から、大草氏は「ATM療法は、ステロイド依存性患者や、合併症の観点からステロイドを使用しにくい患者に対しても、治療の選択肢となり得る」と話す。また、現在は再発性の潰瘍性大腸炎患者に限ってこの治療を行っているが、「将来的には、初発患者に対してのATM療法の治療効果も検討してみる価値があるだろう」としている。
症例2 ステロイド依存性潰瘍性大腸炎に対し、ATM療法が有効だった一例(提供:大草氏)
70歳、女性。罹病期間は32年。プレドニゾロンの総投与量109500mg。
一方、副作用は、ATM療法群の52.4%、プラセボ群の14.9%にみられた。内訳は吐気が17.1%、発熱が12.4%、水様下痢が7.6%だった。
大草氏は、副作用の発熱の原因はテトラサイクリンにあると推測。抗菌活性が同等であり、発熱の副作用の少ないホスホマイシンに切り替えた「AFM療法」を新たに考案し、治療効果を検討している。「まだ症例数は多くないが、ATM療法と同等程度の治療効果が得られている」(大草氏)とし、今後はAFM療法に移行していく考えだ。「テトラサイクリンは、小児では歯牙の着色やエナメル質形成不全などの副作用があり、使いづらいという背景もあった。今後、抗菌薬多剤併用療法を小児で展開することを考えたときに、ホスホマイシンであればこの治療法を選びやすくなる」と大草氏は話す。
潰瘍性大腸炎での除菌療法は、現在既に10施設以上の医療機関で行われている。こうした新しい治療法について、大船中央病院(神奈川県鎌倉市)特別顧問の上野文昭氏は「日本から新しいエビデンスが発信されたことは喜ばしい」と評する。一方で、「潰瘍性大腸炎は病態が一様ではなく、病態に応じた治療が選択されている。抗菌薬多剤併用療法は有望な治療法だが、どのような症例に最も適しているのかを明らかにしていくことが、今後の課題ではないか」と話している。