□■ 大きく変わる! 心房細動患者の抗凝固療法 ■□
心房細動患者の増加に伴い、心原性脳塞栓症の予防は大きな課題になっています。しかし、予防のための抗凝固療法で中心となっているワルファリンの投与では、血液凝固能を定期的にモニタリングしなければならないという煩雑さ、薬剤および食物との相互作用の多さなどが大きなネックとり、実施率はなかなか上がらないのが現状です。
ワルファリン投与におけるこれらの問題点をほぼ解消できると期待されるのが、ワルファリンとは作用点が異なる新しい抗凝固薬です。複数の開発が進む中で、いち早くワルファリンに対する優位性を示したのは
抗トロンビン薬のdabigatran。
昨年の欧州心臓学会(ESC2009)で発表された第3相試験RE-LYの結果は大きく注目を集めました。今年9月20日には米FDAの心血管薬・腎臓用薬諮問委員会がdabigatranの承認勧告を行っており、まず米国で、来年初頭までの承認が見込まれています。
一方で、dabigatranとも作用点が異なる抗Xa薬の開発も複数進行中で、今年11月には大規模試験で抗Xa薬とワルファリンを比較した初の結果も発表される予定。
こちらも注目を集めそうです。
抗凝固療法の煩雑さが解消できれば、脳塞栓症予防の対象はリスクがより低い患者にも広がることになるでしょう。その流れを先取りし、欧州の新しい心房細動ガイドラインでは、脳塞栓症のリスクが低い心房細動患者に対しても抗凝固療法を推奨。現在は未承認のdabigatran使用の可能性にまで、早くも言及しています。
日本でも今後大きな話題になるであろう心房細動患者の抗凝固療法について、最新動向をレポートします。
心房細動(AF)の患者は現在、欧州で約600万人、米国で約230万人とされ、高齢化に伴い増加傾向にある。状況は日本でも同様で、発作性も含めるとAF患者は約150万人、10年後には200万人に達するともいわれている。
これらのAF患者では、心原性脳塞栓症の発症リスクが約5倍高いとされ、世界で毎年約300万人がAFに起因する脳卒中を発症している。しかも、その症状は重篤で、後遺症のために要介護となることも少なくないため、医療費に及ぼす影響などが世界的に大きな問題となっている。
AF患者の脳卒中を予防するには、抗ビタミンK拮抗薬(ワルファリン)による抗凝固療法が有効だ。しかし、プロトロンビン時間のINR(International normalized ratio)値など凝固能の定期的な検査が必要で、食物や薬物との相互作用にも注意しなければならないなど、管理が煩雑なため、その実施率は5割前後と低い。臨床現場では、より簡便で安全な新しい経口抗凝固薬の登場に期待が集まっている。
8月25日から9月1日にかけてスウェーデン・ストックホルムで開催された欧州心臓学会(ESC2010)でも、現在開発中の抗凝固薬の臨床試験の結果がHot Lineセッションで報告されたほか、メーカー共催のサテライトシンポジウム、プレス向けイベントなどでも新しい抗凝固薬の話題が目立った。
図1 RE-LYにおける脳卒中/全身性塞栓症の抑制効果
AF患者の適応で先行するdabigatran
現在開発中の抗凝固薬には、トロンビンの活性を特異的に阻害する抗トロンビン薬と、第Xa因子を阻害する抗Xa薬の2つのタイプがある。それらの中で、「AF患者に対する脳卒中予防」の適応において、最も早く上市されると見込まれているのが抗トロンビン薬のdabigatranだ。
dabigatranは、血栓形成プロセスの中で中心的な酵素であるトロンビンの活性を特異的に阻害することで抗血栓作用を発揮する。固定用量で一貫した有効性を示すため、INRの定期的なモニタリングが必要なく、また薬物相互作用の可能性も少ないとされる。ただし、服用は1日2回。有害事象の発現では、消化不良などの消化器症状がみられた(第3相試験「RE-LY」では、ワルファリン群の5.8%に対し、dabigatran150mg群で11.8%、110mg群で11.3%)。
独ベーリンガーインゲルハイムは8月30日、心房細動患者の脳卒中発症予防の適応で、米食品医薬品局(FDA)がdabigatranを優先審査品目に指定していることを発表。その後9月20日には、FDAの心血管薬・腎臓用薬諮問委員会が同適応でdabigatranの承認勧告を行ったことを明らかにした。
米国以外の欧州や日本などにおいても、同様の適応で既に承認申請済み。全世界における最初の販売承認は、米国で2010年末から2011年初めになされると見込んでいる。
脳卒中低リスク群(CHADS2 0〜1)でも予防効果
AF患者の脳卒中予防についてdabigatranとワルファリンを比較した第3相臨床試験「RE-LY」の結果は昨年のESC2009で発表され、予想を上回る結果に大きな注目が集まった(前ページ図1)。
RE-LYの主要評価項目は、脳卒中および全身性塞栓症の発症。dabigatran 150mg 1日2回投与群で主要評価項目のリスクは、ワルファリンに比べ有意に低く(相対リスク〔RR〕0.66、95%信頼区間〔CI〕0.53-0.82)、大出血の発症率は同等だった(RR 0.93、95%CI 0.81-1.07)。dabigatran 110mg 1日2回投与群では、主要評価項目のリスクはワルファリンに対する非劣性が確認され(RR 0.91、95%CI 0.74-1.11)で、大出血の発症率はワルファリンよりも有意に低かった(RR 0.80、95%CI 0.69-0.93)。
表1 RE-LYにおける年間出血発生率
図2 脳卒中リスク別の脳卒中/全身性塞栓症の発生率(ACC発表より)
P:交互作用検定
今年3月の米国心臓学会(ACC)では、脳卒中リスクをCHADS2スコアにより層別化し解析した結果も発表された。これによると、CHADS2スコアによるリスクの程度にかかわらず、dabigatran 150mg群ではワルファリンよりも有意に脳卒中および全身性塞栓症の発生頻度を低下させることが分かった(図2)。110mg群における発症頻度はワルファリンと同程度だった。
図3 脳卒中リスク別の頭蓋内出血の発生率(ACC発表より)
P:交互作用検定
低リスク群(CHADS2スコアが0または1)については、もともとワルファリンによる有用性が明確ではなくアスピリンが投与されることが多かった。心臓血管研究所研究本部長の山下武志氏は、「1次予防の患者に多いCHADS2スコアが0〜1の場合、出血リスクなどを考えてワルファリン投与をためらう医師は少なくなかった。しかし、同スコアが低い場合でもdabigatran投与群は脳卒中リスクを有意に下げ、しかも頭蓋内出血のリスクがワルファリン群よりも有意に低かったという結果は、臨床医にとって有意義な情報となるだろう」とコメントしている。
さらにRE-LYのサブ解析の結果がThe Lancet Onlineに2010年8月29日付けで掲載された。このサブ解析は、医療機関におけるINRのコントロール状態の良し悪しが、RE-LYの試験成績にどのように影響しているかを見たものだ。医療機関の平均TTR値(目標治療域であるINR 2.0〜3.0を維持した時間)の四分位範囲を特定し、主要評価項目について検討した。
その結果、INRコントロールの状況にかかわらず、dabigatran 150mg群はワルファリンに対して優越性を、またdabigatran 110mg群はワルファリンに対して非劣性を示すことが確認された。
新薬登場に合わせ、AF患者の脳卒中予防でワールドキャンペーン
AF患者を対象とする新たな抗凝固薬の開発でdabigatranが最も先行しているという状況下、ベーリンガーインゲルハイムは、AFに起因する脳卒中を予防するためのキャンペン「1 Mission 1 million―getting to the Heart of Stroke」を同社スポンサーで行うことをESC2010のプレスイベントで明らかにした。
AF患者の脳卒中リスクについての認知を広げ、脳卒中を予防するプロジェクトのアイデアをウェブ上で募集する(https://www.heartofstroke.com/、10年12月31日まで)。その後、専門家による審査や一般市民の投票を経て、最大32のプロジェクトを選出し、それらに総額100万ユーロが提供されることになっている。
同キャンペーンは、世界心臓連合(WHF)、AF協会(AFA)などが支持団体となっている。ESC2010会長を務めたイタリアのRoberto Ferrari氏もエキスパートパネルの1人になっており、ESC2010のプレスイベントにも登場し、キャンペーンへの参加を呼びかけた。