日々のストレス、ヨガでリセット

 ◇パワー、ホット、ハタ……雑誌には20種も

 ◇インド生まれの「笑い」60カ国以上普及

 ◇問題解決しなくても「新しい気持ち」に

 ヨガの人気が続いている。その種類もパワーヨガ、ホットヨガ、さらには笑いヨガなんてものもあるそうだ。ヨガ専門誌を広げると、20種類ほどの流派が紹介され、医療へ取り入れているものまである。人気の理由はどこにあるのだろう。【江畑佳明】

 平日の午後。東京・六本木にあるフィットネスクラブ「ティップネス」を訪れた。ランニングマシンが並ぶ奥にあったのが、鏡張りのヨガのスタジオ。人生初のヨガに挑戦した。

 この日のコースは「ハタ・ヨガ」。身体の運動だけでなく、深く呼吸することで自分の内面、つまり心のケアも行うことが目的だ。参加者は約30人ほどで、9割は女性。私にできるだろうか。

 まずあぐらを組んでスタート。インストラクターの赤沼直美さんの口から出たのは「三つの約束」。「目は開けたままで。自分の内側を観察しましょう」「マイペースでやりましょう」「呼吸を続けてください」

 両手両足を床について、お尻を上に伸ばして体で三角形を作る。そして顔を正面に向ける。少々きつい。ポーズをとるだけで、肝心の深呼吸は全くできない。

 「背骨を伸ばします」「手をゆっくり上に伸ばします」。参加者はみな真剣だ。

 10分ほど体を動かしただけで汗びっしょり。体の硬さと運動不足がたたる。リラックス効果のありそうな音楽が流れているが、体のきしみだけが気になる。ついにあきらめ、そのまま45分間のコースが終了。赤沼さんからは「ちょっと苦しそうでしたね」と優しく声をかけられ、情けないやら恥ずかしいやら。でも、汗を多くかいたせいか、何だかちょっといい気分になった。

 ヨガ体験の後、商品開発担当の水口有沙さんに話を聞いた。ヨガは最近では04、05年ごろにブームとなった。同社では02年からオリジナルヨガプログラムを開始。当初は(1)脂肪燃焼(2)美しいボディーライン作りなど、主に肉体面での能力向上を目指していた。その後、瞑想(めいそう)を取り入れ、メンタル面を重視する傾向に変わりつつあるという。赤沼さんも「ヨガの原点は精神面の強化。抱えているストレスをどうコントロールするかが大事です」と汗をふいた。

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 そもそも、ヨガ人口ってどれくらいなのだろう。ヨガマットなどの製造会社「ヨガワークス」(東京都中央区)社長の綿本哲さんは「市場リサーチの結果、全国でだいたい100万人ほど」と見積もっている。ヨガマットの売れ行きも7、8年前の3倍以上となり、最近では耐久性の優れた1万円以上の高価なマットも売れ行きが順調だという。

 綿本さんは「最近の傾向としては、ヨガをマスターした人が近所の友達と一緒にサークルを作って活動することが挙げられます。20〜30人でレッスンするヨガ教室から、数人単位へと次第に細分化しています。すそ野が広がりつつあり、今後もヨガ人口は増えるでしょう」と分析した。

 日本では以前にもヨガが注目されたが、オウム真理教が取り入れていたため、90年代の一連の事件のあおりを受け一時、下火になった。マドンナなどハリウッドスターがシェイプアップに役立てたことが知れ渡ると人気を回復、今のブームにつながった。

 ヨガは健康にいい、というイメージもある。「日本ヨーガ療法学会」(木村慧心理事長)は、気管支ぜんそくや高血圧など、メンタル面でのダメージをきっかけに発症する「心身症」の改善のためにヨガを取り入れている。理事長の木村さんによると、投薬治療だけで治りきらない患者に、ヨガを勧めている。同学会では療法士を育成し、医療機関と連携して患者の健康維持に努めている。療法士は現在約760人にまで増えたという。

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 「笑いヨガ」なるものもある。笑いが体によいと聞いたことはあるが……。ギャグを出し合ったりするのだろうか。

 東京都文京区で「日本笑いヨガ協会」の高田佳子代表に会った。赤いフレームの眼鏡をかけ、インドの民族衣装のような服装だ。なんだかおおらかな雰囲気が漂う。

 この日の教室に集まったのは、初心者から経験者まで男女約20人。20歳代から70歳代くらいだ。9月にテレビ番組で紹介されると、肩こりや腰痛で悩む女性からの問い合わせが増えたという。

 笑いヨガは15年ほど前にインドの医師が生み出したとされ、現在では60カ国以上に広がっている。面白いことを言うのではなく、多少無理をしてわざと笑う。ヨガの呼吸法を取り入れている。ポイントは年齢や性別、経験に関係なく、誰にでもできることだ。

 代表の高田さんはお笑いのパフォーマーをイベントに招く仕事をしている。大学院で老年学を学び、高齢者の健康と笑いを結びつけようと、自らインドへ行って研究した。

 高田さんが言った。「子どものころって、よく笑いましたよね。でも大人になるにつれ笑う機会が減ります。子どもに帰ってみましょう」

 「握手したら静電気が起こりました」という設定で、出くわした人と手を触れ、「アハハハハ!」。こうして室内をぐるぐると回る。最後に「ほっほっハハハ」と言いながら、立ち止まって両手を大きく広げる。設定はさまざまで「飛行機に乗ってハワイへ飛んでいく」「クレジットカードの明細書を見て、その高額に驚く」など。ふと見渡すと、みんな汗びっしょりだ。最後は座って、ヨガの呼吸で息を整えてクールダウンした。

 参加の動機を聞いてみた。会社員の女性(43)は「昨日、子どもの育て方を間違ったかな、と思うことがあって……。これで解決するわけではないですが、新しい気持ちで向き合えます」。また60代の女性は「ストレスが原因で体調を崩してしまって。汗をかいてすっきりした気分です」と満足げだった。

 日本ヨーガ療法学会理事長の木村さんは「高度成長した社会ではストレスがたまりがちです。また高齢化社会になると、より健康で過ごしたいニーズが高まってきます。そこで自分で自分をケアできるヨガが求められるのは、自然なことといえますね」と説明した。

 自殺者が毎年3万人を超える日本。ヨガ人気はストレス社会の裏返しなのかもしれない。

 

2010.10.29 記事提供:毎日新聞社