知っていますか? 小児の「急性鼻副鼻腔炎」

診断のヒントは寝起きの湿性咳嗽

 もうすぐ冬、インフルエンザや風邪の患者が殺到する季節がやってくる。長引く咳や鼻汁を訴える小児や乳幼児を診た場合、どのような鑑別疾患が思い浮かぶだろうか。安易に抗菌薬や喘息治療薬を処方していないだろうか―。
  本特集では、こうした症状の陰で見逃されやすい「急性鼻副鼻腔炎」について、今年6月に策定されたガイドラインの内容を交えながら、診断と治療のコツを紹介する。



 「痰のからんだような咳と、黄色っぽい鼻水がなかなか治りません。小児科の先生には、喘息の疑いがあると言われたのですが…」。マンションが建ち並ぶニュータウンに位置する深見耳鼻咽喉科(横浜市都筑区)を、ある日、幼稚園児を連れた母親が訪れた。

  「いつから症状がありますか」「咳は、1日のうち、どの時間帯に出やすいですか」。院長の深見雅也氏は、こう母親に問い掛けながら、患児の診察を始めた。鼻鏡を使って鼻腔内を見ると、そこには粘性の鼻汁が貯留していた。「鼻水が喉に流れていて、咳が出ていたようですね。もう少し、鼻の検査をしてみましょう」。深見氏が説明すると、母親の不安げな表情が少し和らいだ。

  この症例で深見氏が疑ったのは、急性鼻副鼻腔炎だ。「小児の長引く湿性咳嗽の原因が副鼻腔炎であることは、かなり多い」と深見氏は話す。

たかが鼻水、されど鼻水
  急性鼻副鼻腔炎は、「急性に発症し、発症から4週間以内の鼻副鼻腔の感染症」と定義される。鼻閉や鼻漏、後鼻漏、咳嗽といった呼吸器症状を呈し、頭痛や頬部痛、顔面圧迫感などを伴う疾患だ。

 副鼻腔における急性炎症の多くは、急性鼻炎に引き続いて生じるとされる。また、そのほとんどが急性鼻炎を併発しているため、海外では以前から、急性副鼻腔炎(acute sinusitis)ではなく、急性鼻副鼻腔炎(acute rhinosinusitis)という名称が使用されている。

  わが国でも今年6月、日本鼻科学会が「急性鼻副鼻腔炎診療ガイドライン」を発表し、「急性鼻副鼻腔炎」という用語を採用することを明記した。成人・小児それぞれの急性鼻副鼻腔炎の診断や検査法、治療法を、エビデンスに基づく推奨度と共に提示している。

  「急性鼻副鼻腔炎は、日常診療において極めて頻度の高い疾患。だが現状は、鼻汁や湿性咳嗽が認められる小児に対し、“喘息様気管支炎”などの診断が漫然と下され、適切な治療が行われていないケースが散見される。急性鼻副鼻腔炎を慢性化、難治化させないためにも、急性期に適切な診断・治療を行うことが重要だ」。ガイドライン作成委員会の委員長を務めた和歌山県立医大耳鼻咽喉科・頭頸部外科教授の山中昇氏は、2年間にわたるガイドライン作成の経緯についてこう語る。

ウイルス感染から細菌感染に移行
  急性鼻副鼻腔炎を理解するためには、「感染相(infectious phase)」という考え方が役立つと山中氏は言う。

 急性鼻炎、いわゆる鼻風邪のほとんどはウイルス感染によるもの。この時点では、粘膜からの分泌物が漿液性の鼻汁として認められるが、無治療でも数日で軽快する。ただ、ウイルス感染によって鼻の粘膜が障害されると、肺炎球菌やインフルエンザ菌などの常在菌の感染を起こしやすくなる。ウイルス感染から数日後、副鼻腔で細菌感染が生じると、細菌の病原性によって、粘性の鼻汁や鼻閉、発赤や発熱、頭痛といった症状が現れるというわけだ。

  「乳幼児や小児は副鼻腔までの距離が短いため、小児の急性鼻炎は急性副鼻腔炎とほぼ同意ともいえる」とにしむら小児科(大阪府柏原市)院長の西村龍夫氏は話す。

  粘膜の腫脹によって自然口が塞がると、副鼻腔は嫌気性細菌にとって格好の増殖の場になり、副鼻腔炎が遷延化する原因となる。「患者の臨床所見や経過を基に、感染相のどの段階にあるのかを考え、抗菌薬を適切に使用するようにしたい」と山中氏は言う。

長引く咳嗽は急性副鼻腔炎を疑う
  急性鼻副鼻腔炎の診断の基本は、臨床症状と局所所見だ。臨床症状としては一般に、感冒様症状や後鼻漏、鼻閉が認められるが、「患児の家族が気付きやすい症状は、湿性咳嗽ではないか」と千葉県立保健医療大健康科学部教授の工藤典代氏は話す。湿性咳嗽は、咽頭に流出した鼻汁(後鼻漏)によって誘発されることから「特に就床時や起床時に痰がからんだ咳が出現するケースでは、鼻副鼻腔炎を疑う必要がある」と深見氏も言う。

  また、鼻閉や頭痛を訴えることができない乳幼児では、機嫌が悪い、ミルクや母乳の飲み具合が悪いといった所見も、急性鼻副鼻腔炎を疑う指標となる。急性鼻副鼻腔炎に伴う鼻汁は粘性が高く、外から見ただけでは鼻汁の有無が分からない場合もあることから、「鼻症状がなくても、ほかの臨床症状から急性鼻副鼻腔炎が疑われれば、咽頭や下気道だけでなく、鼻も注意して診察するといいだろう」と工藤氏は話している。

2010.11.5 記事提供:日経メディカルオンライン