生活習慣病予防に新制度スタート
企業は労働安全衛生法で、常時雇用の従業員に対する定期健康診断の実施が義務付けられています。従業員が健康で安心して働けることは、本人はもちろん、経営にもいい結果をもたらすと考えられるからです。ただ現状を見ると、生活習慣病などの有病者は年々増加する傾向にあります。そのままにしておいても痛くもかゆくもないからというのが理由かもしれません。
このため企業の健康保険組合などは来年4月から、40歳以上の従業員と被扶養者に対する特定健康診査、特定保健指導が義務付けられることになりました。健診で腹囲や血糖値などを測定、メタボリックシンドロームなど生活習慣病のリスクが高い人を抽出し、保健師や栄養管理士がリスクの程度に応じた保健指導を行うものです。
メタボリックシンドロームは、腹部肥満に血圧、血糖、血清脂質の異常が複数重なった状態で、心筋梗塞(こうそく)や脳梗塞など、生命にかかわる動脈硬化性疾患の大きな原因になります。診断基準は表1のようになっており、40歳以上の男性の2人に1人、女性の5人に1人が、メタボリックシンドロームが強く疑われるか、予備軍だと考えられています。
メタボリックシンドロームを予防、改善する基本は、食事と運動に注意して内臓脂肪を減らすことです。近年の研究で、内臓脂肪からはさまざまな生理活性物質が分泌されており、その中には血圧を上昇させたり、高血糖を引き起こしたり、中性脂肪を増やし善玉のHDLコレステロールを減らすものが多くあることが分かってきたからです。
健康にいい食品も過剰摂取は悪影響
では内臓脂肪を増やさないために、食生活ではどんなことが重要でしょうか。メニューAとメニューBでは、どちらが健康にいいでしょう。Aには健康にいいといわれる食品をいろいろ使っています。例えば、サンマはDHAやEPAなどの不飽和脂肪酸、豆腐や納豆は抗酸化作用を持つイソフラボンなど、健康づくりに有効な成分を豊富に含んでいます。
しかし総カロリーはメニューBが約600キロカロリーなのに対して、Aは約1200キロカロリーになります。食品1つひとつが意外に高カロリーなためです。例えばサンマ1匹のカロリーは女性用茶わんに1杯半くらいのご飯のカロリーとほぼ同じです。豆腐や納豆の原料の大豆も畑の肉といわれるほどカロリーは高めです。しかも、きな粉も含めて大豆製品が3つも重なっているため、栄養バランスにも問題があります。
自分では健康を気づかっているつもりでも内臓脂肪がたまってしまう人が多いのは、このように健康にいい食品だからという理由でつい食べ過ぎてしまい、カロリーを過剰に摂取してしまうからです。カルシウムを補給するために牛乳、ヨーグルト、チーズなどの乳製品を次々に取る人もよく見かけます。大切なのは適量を守ること。イソフラボンを効果的に取りたいなら豆腐3分の1丁程度でよいでしょう。
表3は内臓脂肪がたまりやすい食生活をまとめたものです。このうち夜食に関しては最近、興味深い結果が報告されています。私たちの脂肪組織にはBMAL1というたんぱく質が多く含まれ、体内リズムを正常に保つ働きをすることが知られていましたが、そのほかに脂肪を蓄積する働きもあることが分かったのです。
しかも体内のBMAL1の量は時間帯によって大きく変動し、最も多くなる午後10時から午前2時ごろにかけては、最も少ない午後3時ごろの約20倍に達します。寝る前の間食が太りやすい理由の1つです。お酒を飲んだ後に、ラーメンを食べて仕上げをすると内臓脂肪がよくつくわけです。
減量は環境づくりと毎日の努力から
食べ過ぎないようにするためには、環境づくりも重要です。今年春、スペインで開かれた学会では、肥満者に食べ物の写真を見せてfMRI(機能的磁気共鳴画像装置)で脳を調べると、非常に強い反応が出るという報告がありました。肥満者は食べ物の刺激に弱いのです。菓子類などは目につかない場所に置く、冷蔵庫の中には余分な食品を保存しないといった工夫が必要です。
もう1つ大切なのは毎日、朝と夜の2回、体重を測ることです。そして計測結果はきちんと記録すること。グラフ化できればなおいいでしょう。体重測定を毎日続けていると、太らないようにしようという意識が芽生えて、意外に効果が上がるものです。また、その日に食べたものも記録しておくと、どんなものを食べると太りやすいかも分かります。
日本肥満学会ではいま、とりあえず体重を3キログラム、腹囲を3センチメートル減らそうという「3・3運動」を展開しています。内臓脂肪は皮下脂肪に比べてたまりやすい反面、体重を減らせば思いのほか減るという性質を持っています。現在の体重が学生時代に比べて5キロ以上増えているようだったら黄信号。さっそく減量に挑戦してみてください。ただし、あせって急激な減量に取り組むのは逆効果。ムリのない範囲で地道な努力を毎日続けることが大切です。
(京都医療センター 臨床研究センター 予防医学研究室 坂根直樹氏)
表1 メタボリックシンドローム診断基準
下記の@に加えてA−Cの2項目以上に該当するとメタボリックシンドロームと診断する。
@腹腔内臓脂肪蓄積 腹囲男性≧85cm 女性≧90cm
A血清脂質 中性脂肪≧150mg/dL、HDLコレステロール<40mg/dLの両方またはいずれか
B血圧 収縮期血圧≧130mmHg、拡張期血圧≧85mmHgの両方またはいずれか
C血糖 空腹時血糖≧110mg/dL
表2 どっちのメニューが健康?
メニューA ◎ご飯(100g)+ゴマふりかけ(大さじ1)
◎サンマの塩焼き(1匹)
◎冷ややっこ(200g)
◎納豆(40g)
◎グリーンサラダ+オリーブオイル(大さじ1)
◎ヨーグルト(200g)+はちみつ(大さじ1)+きな粉(大さじ1)
◎わかめのみそ汁
メニューB ◎ご飯(150g)
◎マグロ刺し身7切れ
◎豚しゃぶサラダ(豚ロース60g)
◎ほうれん草のおひたし
◎大根のみそ汁
◎いちご10粒(120g)
表3 内臓脂肪がたまりやすい食生活
@満足するまで食べる。
A残り物をつい食べてしまう。
B野菜が嫌いである。
Cジュース、ソフトドリンク、缶コーヒーなど甘い飲み物をよく飲む。
Dラーメンとチャーハンなど炭水化物の重ね食いが多い。
E間食が多い。
F夜食をよくする。
G甘い味付けを好む。
H飲酒量が多い、または休肝日がない。
Iはや食いである。