「弊社が力を入れて売り出し中の食品に、新しい健康成分を加えてラインアップの充実を図りたいのですが、よいアイデアはありませんか」
CMのでも見慣れた商品のサンプルを持って、企業の担当者が訪ねてきた。研究者としての中立を保つため、特定の商品に対する肩入れはしないことを説明した上で、一般的な助言として次のような話をした。
食品会社が新商品を開発する際、消費者の注目を集めるために、目新しい栄養成分を利用する傾向が強い。しかし、新しい成分の効用については、マウスなど実験動物を使ったデータや、ヒトでも小規模で短期間にとどまるデータなど、まだ「研究段階」の情報しかない場合が大半だ。
こうした商品が、消費者の健康改善につながるとは限らない。むしろ、複数の大規模なヒト研究で確認されたような「実践段階」の情報を、もっと積極的に活用すべきではないか。
そう話して、2つの国際機関の報告書を紹介した。栄養と病気予防の関係について、膨大な文献を整理した上で、「実践段階」の情報を判定表の形で集大成している。
世界保健機関(WHO)の2003年報告書は、心筋梗塞(こうそく)や脳卒中、糖尿病、骨粗しょう症などを取り上げている。魚と、エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)と呼ぶ魚油による心臓病と脳卒中の予防などを「確実」と判定している。
一方、世界がん研究基金が07年10月に公表した報告書の対象はがん。カロテン類の一種リコピンを含む食物(トマトなど)による前立腺がん予防などが、「おそらく確実」という判定だ。
情報の宝庫とも言える2つの報告書だが、それほど知られていない。企業の社会貢献活動として、報告書内容の普及に取り組んでもよいのではないか。
(東北大学公共政策大学院教授 坪野 吉孝)