発病リスク 正しく知って

食生活以外にも、喫煙や運動不足、紫外線など、がんにつながるリスク要因は日々の暮らしのあらゆるところに潜む。なかにはこれまでの定説を揺るがす事実が明らかになることも。危険度を正しく知り、適切な対策を取ることが大切になる。


たばこ 喉頭で30倍に
日常生活のなかで“最強の”がんリスクはおそらくたばこだろう。

「日本人男性がまったくたばこを吸わなくなると、年間50万人いるがん発症者数は10万人減る」。国立がんセンター研究所の津金昌一郎・予防研究部長はこう断言する。40歳男性が100人いるとして、75歳になるまでに何らかのがんになる割合は非喫煙者で20%。喫煙者だとこれが30%に跳ね上がる。国内の様々な疫学調査から導き出された推計値だ。

たばこが原因となるといえば、まず肺がん。発症リスクが4倍以上になる。また喉頭(こうとう)がんはたばこを吸わない人が発症することは極めてまれで、喫煙によって発症リスクが一気に30倍になるとされる。

たばこには約60種類もの発がん性物質が含まれる。喫煙を続けるうちに、有害物質にさらされた細胞中のDNAが徐々に傷つけられ、遺伝子異変を起こして最終的に細胞の発生につながる。

こうした遺伝子異変は呼吸器系に限らない。まず煙は食道を通じて胃にも運ばれる。胃がんの発症リスクが1.5倍前後に上昇する。たばこの有害物質は血液や尿を介して体中を駆け巡る。じかに煙に触れることのない肝臓やすい臓、腎臓や女性の子宮頚(けい)部なども、がんになりやすい。

紫外線 消化器系に有用
紫外線は浴びすぎると皮膚がんの原因になる。しかし、たばことは対照的に最近の研究で、適度な量だと大腸や胃のような消化器系のがんのリスクを低くする可能性があることも分かってきた。

国立国際医療センター研究所の溝上哲也・疫学統計研究部長は、都道府県別に1961年から90年までの平均日射量を計算。これと2000年時点のがん死亡率を比較検討してみたところ、東北や北陸など日射量が少ない地域ほど消化器がんによる死亡率が高く、逆に四国や九州では低いことが分かった。死亡率は最大で2倍前後の地域的な格差があった。

紫外線ががん予防に働くカギとされるのがビタミンDだ。ビタミンDは骨の形成に重要な成分だが、紫外線を浴びることによって体内で作られる。がん細胞の増殖を抑え込む作用もあることが、国内外の様々な実験データから明らかになりつつある。

溝上部長は「女性の行き過ぎた美白ブームは消化器系がんのリスクを高めてしまうことにもなりかねない」と警鐘をならす。

ただ、紫外線が皮膚がんの原因になること事態はれっきとした事実。これからの季節、長時間、直射日光に肌をさらすのはよくない。

運動 毎日1時間歩く
確実ながん予防効果が期待できるのが適度な運動だ。例えば大腸がん。運動不足の人は適度に運動している人と比べ、結腸がんのリスクが1.3−1.4倍になる。

運動不足になると血糖値を調節するインスリンと呼ぶホルモンの血中濃度が高くなる。インスリンは血糖値の調節だけでなく、体内のがん細胞を増殖させる作用を併せ持っていると考えられている。

適切な運動量の目安は、通勤など日常生活を通して毎日1時間程度歩くこと。さらに週1回くらいスポーツで汗を流したほうが良いとされる。

ウイルスや細菌にも、感染するとがんの引き金になるものがある。代表的なのが肝臓がんの原因の大半を占めるC型肝炎ウイルスとB型肝炎ウイルス。国内には自覚のない感染者が数十万人単位でいるといわれている。

B型肝炎もC型肝炎も適切な治療を受ければ、肝硬変から肝臓がんへと移行せずに済む。血液検査でウイルスがないかどうかチェックすることが、がんになる危険の回避につながる。 (本田幸久)


がんにつながるとされるウイルス・細菌の概要

C型肝炎ウイルス(HCV)
かつて輸血などで感染が広がった。肝臓がんの発症原因の80%を占める。国内の感染者数は150万人以上。感染を防ぐワクチンはなく、インターフェロンなどを使った治療法が実施されている
◆B型肝炎ウイルス(HCV)
かつて輸血のほか、母子間や性交渉などで感染。肝臓がんの発症原因の16%を占め、国内感染者数は120万人−140万人。すでにワクチンが開発されている
◆ヒト・パピローマウイルス(HCV)
性交渉で感染し、女性の子宮頸がんの発症リスクが高まる。欧米の大手製薬メーカーが感染を防ぐワクチンを開発、日本でも臨床試験に乗り出している
◆成人T細胞白血病ウイルス(HTLV−1)
感染者数は120万人で、とくに九州や沖縄に多い。母乳などを通じて主に家族内で感染する。5%前後が長い潜伏期間を経て白血病になり、致死率は極めて高い
◆ヘリコバクター・ピロリ菌
感染者数は国内で5000万人。感染すると胃がんの発症リスクが高まるとされるが、感染者が極めて多いため、実際に発症するのはごく一部にすぎない



2006.6.18 日本経済新聞