ツルクのむし歯研究 Turku Sugar Study
図2:それぞれの甘味料を使っていた場合のむし歯の増加率。
フィンランドのツルクで行われたTurku Sugar Studyです(右図)。
125人のヒトを3群に分け、それぞれに、スクロ−ス、フルクト−ス、キシリトールをコーヒーや紅茶の甘味料として提供し、また、これらの甘味料を使ったケーキ、ジャム、清涼飲料水、チョコレートなどを提供し、2年間は、甘味の食品としてはこのような食品のみを食べるように指導されました。
その結果、図のように、スクロ−ス群とフルクト−ス群ではむし歯の発生率にほとんど差がみられませんでした。酸の材料にも、不溶性グルカンの材料にもならないキシリトールを食べたグループでのみむし歯の発生が少なかったのです。
すなわち、グルコ−スやフルクト−スのように不溶性グルカンの材料とならないが発酵性の(酸産生の材料となる)糖は、砂糖と同じようにヒトのむし歯の原因になることがわかります。
また、スクロ−ス群とフルクト−ス群の間に、歯垢の量にも全く差が見られませんでしたので、ヒトの場合には、スクロ−スを材料としてつくられる不溶性グルカンが歯垢の形成に大きな役割をしているとは考えにくいのです。
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Newbrunらによる遺伝性果糖不耐症患者(Hereditary Fructose Intolerance; HFI)の調査によっても、このことは裏付けられます(下表)。この遺伝性疾患の患者は、フルクト−スを代謝する酵素の一つが欠損しており、砂糖や果物などフルクト−ス(果糖)を含む食品を食べると、悪心、嘔吐、ふるえなどの症状を起こし、ついには知能低下あるいは死さえも招くことがあります。そのため、スクロ−スやフルクト−スを含む食べ物を避けて生活することになります。
右表のように、この患者のむし歯の発生率はきわめて低く、普通の人に比べ、歯面の数で1/10、歯の本数で1/7にもなります。スクロ−スは野菜などにも少量含まれますので、スクロ−スの摂取がゼロにはなりませんが、砂糖の摂取がいかに大きくむし歯の発生に影響するかがわかります。しかし、歯垢の量を示す歯垢係数は、普通の人と全く変わりません。不溶性グルカンの材料となる砂糖の摂取が、歯垢の形成には大きな影響を与えないことがここでも示されています。
何日も歯を磨かないような状態で、砂糖を食べさせ続けると、ゲラチン様の歯垢が多量に蓄積することもありますが、通常の標準的な生活をしている人にとって、不溶性グルカンは歯垢形成に大きな役割をしていないことは明らかです。
何れにしろ、グルコ−スやフルクト−スのような発酵性の高い糖は、たとえそれが不溶性グルカン生成の材料とならなくとも、むし歯を起こす力が弱いとは言い難いのです。
この表では、HFIの患者で、ミュータンス・レンサ球菌の検出頻度が減っています。砂糖の摂取による不溶性グルカンの生成がミュータンス・レンサ球菌が歯の表面に付着するのに重要な役目をしているように見えます。しかし、砂糖から不溶性グルカンをつくることができない乳酸桿菌の検出率も減っています。これらの菌の共通する性質は耐酸性が強い、すなわち、低いpHでも生存できる能力が高いことです。すなわち、砂糖の摂取頻度が高く、歯垢のpHが低下する機会が多い普通の人では、これらの菌が歯垢の中で優勢になってくるのです。
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それでは、ヒトでむし歯ができる機構はどのようなものでしょうか。
以下の項目で、このことを考えてみます。
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2.日本はむし歯大国
欧米の先進工業国では、近年、むし歯が急激に減少し、スイスなどでは、生徒の半数以上がむし歯ゼロで小学校を卒業するそうです。 一方、日本では、一人当たりの砂糖の消費量が少ないのにむし歯の減少は鈍く、12歳児のむし歯の数が、欧米諸国の中には1本を切る国もあるというのに、日本では3本前後というありさまです(下図)。
なぜ日本のような先進工業国でむし歯が減らないのか不思議がられ、外国の研究者がしばしば私に問い合わせてきました。その議論の結果、日本の子供にむし歯が多い原因として次の三つがあげられました。
•フッ素の利用が少ない(フッ素入り歯磨き、フッ素洗口など)
•学校や保健所でのむし歯予防指導が系統的に行われていない
•間食に用いられる食品にむし歯にならない代用糖の使用が少ない
図3:世界各国のむし歯の数(12歳児)の推移。
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図4:Keyes の3つの輪。
3.Keyesの三つの輪
食べ物(砂糖など)、バクテリア(細菌)、宿主(歯、唾液など生体側の要因)、これら三つの要因が揃って、始めてむし歯ができるというKeyes(カイス)の三つの輪による説明は有名です。
この三つの要因の中でも、実際には食べ物とむし歯は極めて関係が深く、むし歯の発生の鍵を握っています。
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4.砂糖とむし歯の明白な関係
Marthaler (1959)の調査によると、下図に示すように、色々な国や地域での一人当たりの砂糖消費量と、12歳児のむし歯の発生率(DMFT)には明瞭な相関がありました。この結果は口腔衛生指導が活発でなく、代用糖などはあまり使われていなかった時代のものですから、砂糖とむし歯の発生の関係がはっきり出ています (注1) 。すなわち、砂糖の消費とむし歯の関係は極めて明白なのです (注2)。
それでは、砂糖はどのようにして、むし歯を引き起こす原因になるのでしょう。
図5:一人当たりの砂糖消費量とウ触罹患率との関係。
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注1) 現在では,日本は欧米諸国より一人当たりの砂糖の消費量は 1/3 なのに,むし歯の数は3倍というように,この関係は変化しています.口腔衛生の発達した現在において,欧米でむし歯の数が減ったのは,砂糖の消費量が減ったためではありません。
注2) 全体的に見るとこのようになりますが,個々の人で見ると,砂糖を食べる総量よりも,砂糖を食べる頻度の方がむし歯の発生には重要です。
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5.砂糖を食べるとなぜむし歯になるか
砂糖を食べると、歯垢(歯くそ)の中に棲む細菌は砂糖(グルコ−ス、フルクト−スなども同様)を分解して酸に変え、その結果、歯垢のpHが低下します(酸が増えるとpHは低下し、酸が減ると上昇します)。下図の左に見られるように、歯垢のpHは、砂糖を食べると5以下になります。
一方、歯の表面を覆うエナメル質はヒドロキシアパタイトとよばれるリン酸カルシウムでできています(図:歯の化学成分を参照)。エナメル質は大変堅いものですが、pHが約5.5以下になると急激に溶け出します(下図右)。このようにして歯が酸で溶かされることが、むし歯の直接の原因となります。
図6:砂糖液の洗口による歯垢 pH の変化と pH によるエナメル質の溶解度。
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6.なぜ全ての歯垢の下にむし歯が発生しないのか
普通の食事をしても歯垢のpHは5.5より低くなります。デンプンを食べても歯垢のpHは低下するので、1日に3回の食事のたびに歯垢のpHは5.5以下になり、歯が溶かされることになります。しかし、食事のときには唾液が多く分泌され、歯垢中の酸は唾液の成分(重炭酸塩など)で中和され、歯垢のpHは上昇します(下図上)。
そこで、歯から溶けだして歯垢の中にあったリン酸とカルシウムは、歯の表面に再び沈着し、歯が修復されます。唾液の中にもリン酸とカルシウムが多く含まれていますから、これらも歯に沈着して歯を修復します。それゆえ、1日に3回の食事をしている限り、簡単にはむし歯になりません。
図7:一日の生活時間での歯垢 pH の変化。
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7.おやつを食べるとむし歯になり易い
ところが、食事の食事の間に間食をすると、歯が修復される間もなく歯垢の中で再び酸がつくられ、歯垢のpHが低下して歯が溶け続けます。ついには、歯の修復が追いつかなくなって、初期のむし歯が発生することになります(上図下)。
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8.むし歯は夜つくられる
NHKの番組「ウルトラアイ」の撮影のとき、西山さんというタレントさんを被検者にして実験したことがあります。
眠る前に甘いものを食べ、眠ってしまった西山さんの歯垢のpHは、低下したまゝ回復せず、pH低下が少なくとも数時間以上続きました(下図)。これは、眠っている間は、唾液がほとんど分泌されないためです。
「歴史は夜つくられる」などと言われますが、「むし歯は夜つくられる」ことが多いと考えられます。
図8:睡眠中の歯垢 pH の変化。
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9.間食とむし歯の関係の証明
国全体のような大きな単位ではなく、個人の単位で見ると、砂糖を食べる総量よりも、食べる頻度の方がむし歯の発生と関係が深いことがわかっています。
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このことを示す研究は数多くありますが、その一つがスウェーデンのビペホルム精神病院で行われた実験です。この研究によると、精神病院の患者に食事の時だけ甘いものを食べさせると、むし歯の発生は少ないのですが、食間に間食として甘いものを自由に食べさせると、むし歯の数が著しく増加することがわかりました(下図)。
3倍の24個のトフィー(キャラメルのようなお菓子)を食べても、これを食事の時間に食べれば、間食に8個食べた人よりむし歯の発生は少なくなります。
図9:ピペホルムの研究。
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下図(Weissら,1960)は、小児の間食の回数とむし歯の数の関係を調べたデータです。間食がゼロだとむし歯がゼロになるわけではありませんが、間食の回数が増えると、むし歯の発生が増加します。
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10.むし歯にならない食生活とは
上記のことを考えると、間食を全くとらないことがむし歯を減らす有力な方法として考えられます。
しかし、これは多くの人にとって「言うは易く、行うは難し」でしょう。そこで、間食には、歯垢のpHを下げないようなものを食べて、むし歯の発生を減らすことが考えられます。そのために、砂糖に代わるむし歯になりにくい甘味料(代用糖)が種々開発され、使われています。
これらのものを砂糖と完全に置き換えることは現実的ではありません。砂糖は甘味料としてきわめて優れています。また、どのような代用甘味料でも、大量に食べると、為害作用が問題となります。世界の国々でよく使われているキシリトール、ソルビト−ルなど糖アルコールも、大量に食べると下痢をおこします。
種々の甘味料を砂糖とうまく使いわけることが、むし歯予防の現実的な方法でしょう。
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図11:甘味料の種類。
11.甘味料の種類
甘味料は、砂糖以外にも種々のものがあり、種々の食品に使われています。
右図に示すように、非糖質性甘味料はむし歯の原因になりません。糖質性甘味料は、多から少なかれ、むし歯の原因となりうるものが多いのですが、糖アルコールはむし歯の原因になりません。
糖アルコールとは、グルコ−ス(ぶどう糖)やフルクト−ス(果糖)のような糖に水素を添加したものです。
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図12:キシリトールの合成。
12.キシリトールは
糖アルコールの一種
最近、話題となっているキシリトールは糖アルコールの一つで、トウモロコシの芯や白樺を原料として化学的に合成されます。これらの原料からキシランという多糖類を抽出し、それを加水分解して、キシロースという単糖とし、さらに触媒を使って水素を添加してつくられます。キシリトールは天然物を素材とするので「天然素材甘味料」であると言う人がいますが、天然物を素材としない人工物(人工甘味料)などありませんから、これは言葉の錯覚を利用して、消費者に良いイメージを売ろうとする、一種のまやかしだと思います。
糖アルコールには、ソルビト−ル、マルチトール(還元麦芽糖)、エリスリトールなど多くのものがありますが、これらの多くも、最終的には触媒を使って水素を添加してつくられます(エリスリトールは醗酵によってつくられます)。
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図13:糖アルコールと下痢。
これら糖アルコールは、いずれも甘味料として、広く使われています。
糖アルコールは、大量に食べると一時的に下痢を起こします(エリスリトールは最も下痢をおこし難いカロリー・ゼロの糖アルコールです:右図および右下表)。
糖アルコールは果物等にも多く含まれ、また、歯磨剤の中には、ソルビト−ルを35%も含むものもあります。
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右表(砂糖を100としたときの値)のように、糖アルコールは砂糖に比べ甘みが少ないという問題があります。しかし、キシリトールは砂糖と同程度の甘さがあり、これがキシリトールを甘味料として使うときの大きな利点になります。他のむし歯をおこす糖で甘みを補わなくとも、お菓子に十分な甘みをつけることができるのです。
表5:糖アルコールの甘味度とカロリー。
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13. キシリトール(糖アルコール)は非ウ蝕誘発性(注3)
キシリトールはむし歯を起こさない甘味料です。しかし、これまでもソルビト−ル、マルチトール、エリスリトールなど、キシリトールと同様にむし歯を起こさない糖アルコールが甘味料として多く使われています。これらの糖に比べて、キシリトールだけがむし歯を起こす力が特段に低いわけではありません。
1996年8月、米国のFDA(食品医薬品局)は、食品に「Does not promote tooth decay(むし歯を起こさない)」と表示するためには、国際トゥースフレンドリー協会が行っているのと同じ方法で、歯垢のpHを5.7より低下させないことが必要だとする法律を発表しました。この法律の中では、これら糖アルコールの間にむし歯を起こす力の差はないとしています。
注3) ウ触誘発性とは,むし歯になりやすさのこと。したがって、非ウ触誘発性とは、むし歯をおこさないこと。
図13:種々の糖からの,試験管内での酸の産生(歯垢混濁液)。
(酸素のある状態)
キシリトールの宣伝によく使われる図があります(上図)。この図では、ソルビト−ル、マルチトールなどからは砂糖の20%ほどの酸がつくられるが、キシリトールからの酸の産生は0%であり、格段に優れた糖であるように見えます。このデータは、歯垢を集めて試験管内(酸素のある状態)で酸の産生を調べたものです。
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図14:種々の糖からの,歯垢中での酸の産生(サンプリング法)。
(酸素のない状態)
しかし、糖アルコールからの酸の産生は酸素の有無で大きな影響を受けるので、酸素のある状態で行ったこのような研究結果は、「酸素のない実際の歯垢中」の糖アルコールからの酸の産生とは全く違ったものになります(上図)。
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また、1985年に米国サンアントニオで世界各国のトップレベルの研究者を集めて4日間にわたって行なわれた「食品のウ蝕誘発性を評価についてのコンセンサス会議」でも、ソルビト−ルをウ蝕誘発性(むし歯を起こす力)がゼロの基準の糖と定めています。すなわち、ソルビト−ルにむし歯を起こす力があるように言うのは間違いです。
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14.キシリトールの抗ウ蝕誘発性??
図15:無益回路。
「抗ウ蝕誘発性」、すなわち「むし歯を起こす力に対抗する」という表現は、消費者の誤解を招きやすいとして、世界の多くの研究者は「絶対にさけるべき」との見解をもっています。しかし、キシリトールについては、抗ウ蝕誘発性があるかような説明がしばしばされています。
一つは、キシリトールはミュータンス・レンサ球菌を殺すと言うものです。この根拠は、キシリトールが細菌のなかに取り込まれ、ATPを使ってリン酸化され、さらにリン酸をはずして菌体外に放出することによってエネルギー(ATP)の浪費をさせるというものです。生化学の用語で無益回路(あるいは空転回路:Futile cycle) と呼ばれています。このような無益回路がミュータンス・レンサ球菌にあると推察されています。
しかし、その後の研究で無益回路が働かないミュータンス菌も多くあることがわかりました。少なくとも、キシリトールを食べ続けると、キシリトールで阻害されないようなミュータンス・レンサ球菌が増えてくることがわかっています。この菌は「善玉ミュータンス菌」という人がいますが、科学的根拠のない話しです。
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15.キシリトールは砂糖の齲蝕誘発性にうち克てない
図16:キシリトール 95% でも pH は, 同じように下がる。
右図は、0.5%の砂糖を人の歯垢の上に滴下したときと、0.5%の砂糖に9.5%のキシリトールを加えて、滴下したときの歯垢のpH変化を調べたものです。
砂糖の20倍ものキシリトールを加えても、砂糖による歯垢のpH低下を抑えることはできません。これでは、キシリトールに抗齲蝕誘発性があるとは云えません。
キシリトールが50%以上入っていないとむし歯予防効果がないようなことが言われていますが、右図のように、95%入っていてもむし歯をおこしうるのですから、これは間違いです。もちろん、キシリトール入りのお菓子のすべてがむし歯をおこさない、というのも間違いです。
キシリトール入りと大きく表示されているお菓子で、砂糖や水飴のようにむし歯になるものが入っているものさえ市販されています。このようなお菓子はむし歯の原因になります。試験管の中(すなわち,酸素のある状態)での、ある特定の細菌に対する効果を拡大解釈して、キシリトールに抗齲蝕誘発性、すなわち、むし歯の発生を防ぐような作用があると言うのは、間違いです。キシリトールそれ自身にむし歯を起こす能力がないだけの話です。
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16.ミュータンス・レンサ球菌の数とむし歯の発生
キシリトール入りのチューインガムを長期に(1日10回)食べ続けると、ミュータンス・レンサ球菌の数が減るという報告があります。しかし、これは上記の無益回路によって菌が死ぬというよりは、歯垢のpHを頻繁に下げないためと考えられます。
ミュータンス・レンサ球菌や乳酸桿菌、低pHレンサ球菌などはpHの低い状況で生残る力(耐酸性)の強い、それゆえむし歯を起こす力の強い細菌です。そのため、頻繁に間食して歯垢のpHが頻繁に低下する環境では、これら耐酸性の強い菌は優勢になります。これに対し、pHがあまり低下しない環境では、他の菌が優勢になります。
ですから、ミュータンス・レンサ球菌の数を減らす効果は、キシリトール独特のものではなく、歯垢のpHを低下させないマルチトールやエリスリトールなどでも同じ効果があると考えられます。私の研究室では学生に2ヶ月間にわたってキシリトール入りのガムを毎食後(1日3回)食べさせてみましたが、唾液中のミュータンス・レンサ球菌の数は減少しませんでした。
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一方、ミュータンス・レンサ球菌の数が減ってもむし歯の発生が減るとは限りません。1996年のはじめに発表された論文(下図)では、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカなどの各国のデータを集めて詳細に解析したところ、口の中のミュータンス・レンサ球菌の数とむし歯の発生率にはあまり関係がなく、むし歯の発生は食生活によって大きく影響されると結論しました。
むし歯は食生活習慣病なのです。
すなわち、ミュータンス・レンサ球菌の数を減らすからむし歯が減るというのは、「風が吹けば桶屋が儲かる」論理と同じです。
図17:論文の表題。
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17.歯垢中で酸をつくる細菌
このような誤解は、多くの人が歯垢中で酸をつくる細菌はミュータンス・レンサ球菌だけだと信じているために起こるようです。
下表は、糖を食べたときに達する歯垢の最低pHと歯垢中のレンサ球菌、ミュータンス・レンサ球菌の数を表したものです。ミュータンス・レンサ球菌がほとんどいないような歯垢でも、酸が沢山つくられむし歯をおこす可能性のある臨界pH(約5.5)以下に低下することがわかります。
よく「虫歯菌によって酸がつくられ・・」というような記載がありますが、歯垢中の大部分の菌は糖から酸をつくる能力があります。ことに下表の最右項にあるレンサ球菌と呼ばれる細菌群は、歯垢の中に多く生息し、効率よく酸をつくります。ですから、ミュータンス・レンサ球菌がいるかどうかよりも、糖を頻繁に摂取して歯垢のpHを頻繁に低下させるような食生活が、むし歯の発生により大きな影響を与えることは当然なのです。
表6:歯垢の最低 pH とミュータンス・レンサ球菌 の比率には相関がない。
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18.キシリトールはむし歯を治す?
また、キシリトールは齲窩(むし歯でできた穴)の再石灰化(修復)を促進するとの議論をしばしば耳にします。確かに、キシリトール入りの(酸をつくらせない)チューインガムを長期に食べると、浅い齲窩が再石灰化される様子が見られることがあります。
キシリトールなど酸をつくらない甘味料を含むチューインガムを咬むと、歯垢のpHを下げることなく唾液の分泌が促進されます。その結果、唾液に含まれるリン酸やカルシウムが歯に沈着して歯の修復を助けます。
これは、キシリトール自身が歯の修復を助けるのではなく、pHを下げることなく唾液の分泌を促進した結果です。ですから、これまで多く使われている酸の材料とならない甘味料で味付けしたチューインガムを咬んでも同じ効果が見られるのです。
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19.キシリトールと他の糖アルコールのウ蝕誘発性の違い
このような事実を踏まえ、アメリカの食品医薬品局(FDA)およびEUの科学委員会は、キシリトール、ソルビト−ル(ソルビット)、マンニトール(マンニット)、エリスリトール、マルチトール(還元麦芽糖)、ラクチトール、還元麦芽糖水飴、還元グルコ−スシロップなどはいずれも非齲蝕誘発性であり、これらの間にウ蝕誘発性の違いを認めていないのです。
もちろん、キシリトールの抗ウ蝕誘性などは認めていません。前述(15節の図16)のように、砂糖の20倍入っていても、砂糖のむし歯を起こす力をうち消すことのできないものを「抗ウ蝕誘発性がある」と言うことは、明かな間違いです。
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図18:甘いものを食べた後に、
「歯に信頼マーク」付きのガム
を食べると、pH はあがることも
あるが、あがらないこともある。
20.甘いものを食べても、キシリトール入りの
ガムを咬めばむし歯にならない?
チューインガムなどよく咬むことを必要とするものを食べると、唾液の分泌が促進されます。6節に記載したように、唾液が分泌されると、その緩衝作用によって酸が中和され、歯垢のpHがあがります。それゆえ、ジュースのようなものを飲んだあとに、酸の材料となるような糖を含まないチューインガムを咬めば、歯垢のpHは上昇し、歯は修復されます。しかし、飴のように糖の濃いものを食べたあとには容易なことでは歯垢のpHはあがりません。ジュースならばいつでも上昇するわけではありません。歯垢のつく場所によっては、唾液の達しにくいこともあります。
食事をしたあとや、コーヒー、ジュースなどを飲んだあとに、「歯に信頼マーク」の付いたガムを咬むのは悪いことではありません。むしろ、勧めるべきことでしょう。しかし、ガムを食べれば大丈夫と考えてはいけません。
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21.食品のウ蝕誘発性(むし歯になり易さ)のランク付け
表7:食品のウ触誘発性
を決める要因。
ところで、食品を「ウ蝕誘発性」、「低ウ蝕誘発性」、「非ウ蝕誘発性」などとランク付けすることはできないでしょうか。このような試みは多くの歯学研究者によって懸命に試みられました。しかし、これには根本的な困難があります。
例えば砂糖でできた飴は、ふつうに食べられればウ蝕誘発性が高いものですが、これを丸飲みにしてしまえば、ウ蝕誘発性はきわめて低くなります。低ウ蝕誘発性の食品も、就寝前に食べればウ蝕誘発性は極めて高くなります。すなわち、食品のウ蝕誘発性は、その食べられ方によって大きく変動するのです。むし歯を予防するためには、何を食べるか(What to eat)とともに、あるいはそれ以上に、どのように食べるか(How to eat)、いつ食べるか(When to eat)が重要になるからです。
一つだけ確実なことがあります。それは、歯垢で酸をつくらない、すなわち歯垢のpHを歯の溶ける臨界pHより低下させないものは、いつ、どのように食べても非ウ蝕誘発性であるということです。
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