考える世代間格差 空虚な正論、若者の反発招く
4人に1人が65歳以上の超高齢社会ニッポン。社会保障費は膨張の一途をたどる。厚生労働省は今月、年金の給付水準を30年後に2割ほど削減する必要があるとの試算を明らかにした。年金カットを被るのは今の現役世代だ。哲学者の萱野稔人さん(43)と入居金最高4億円の超高級老人ホームを訪れ、世代間格差について考えた。
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「高級ホテル並みですね」。東京都世田谷区の介護付き老人ホーム「サクラビア成城」。広々としたロビー、シャンデリア、ルノワールの彫刻……。豪華な内装に、萱野さんがため息を漏らした。
レストランでは和洋中約30種類のメニューを提供。クリニックには24時間、医師と看護師が常駐。図書室や美容室、ジムに加え、シアターにビリヤード、陶芸、囲碁、マージャンなどの専用室まである。最も安い部屋でも入居金1億円を超え、月々の管理運営費や食費は計30万円以上。そんな富裕層の楽園に、65〜106歳の約160人が暮らす。経営者や医師、不動産オーナーらが、終(つい)のすみかとしてこの施設を選ぶという。
「毎日好きなことをして、好きなものを食べて、至れり尽くせり。お迎えが来るまで安心して過ごせます」。晴れた日は富士山がよく見えるという10階のスカイラウンジで、入居者の女性(89)がほほえんだ。
食糧難にあえいだ戦後を乗り切り、保険代理店業の夫を支えた。1988年にサクラビアに入ってからも、がん闘病や認知症になった夫の世話などで苦労した。その夫も2年前にこの世を去り、今は入居者仲間とコーラスや旅行を楽しむ悠々自適の日々だ。
女性と話し終えた萱野さんは「入居者に上品な方が多く、それが施設の雰囲気の良さにつながっている気がします」。
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日本の世代間格差は、どの程度まで広がっているのか。
各世代ごとに税金・社会保険料などの負担総額と年金・医療などの受益総額を比較した、2005年度の内閣府の推計(1世帯当たり)によると、03年度時点で60歳以上の世代は4875万円、50代は1598万円の黒字。一方、40代は28万円、30代は1202万円、20代は1660万円、それより下の将来世代は4585万円の赤字となる。
祖父母世代に比べ、孫世代は9千万円以上も損をする計算だ。こうしたいびつな状況を、「財政的幼児虐待」と呼ぶ専門家もいる。
雇用市場でも、若者への風当たりは厳しい。15〜24歳の完全失業率は6・9%で、55〜64歳(3・7%)の約1・8倍。派遣労働者の56%を15〜39歳が占め、中高年の正社員の雇用を守るための調整弁として機能している。
大学教授として学生と接する機会の多い萱野さんは「学生たちには、損をしているという意識が強い。『若者が高齢者を支えるのは当然。損得勘定で考えるべきではない』という意見もあるが、そんな空虚な正論で若者を抑圧すれば、かえって反発を招き、世代間対立をあおることになる」と指摘する。
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とはいえ、「高齢者=金持ち」と言い切れるほど、単純な問題でもない。160万ある生活保護世帯の半数近くは、65歳以上の高齢者世帯だ。萱野さんは「世代『間』格差だけでなく、高齢者の世代『内』格差を是正することも重要。世代にかかわらず、困っている人を助けるという原点にかえることで、若者の納得が得られ、持続可能な社会保障制度を守ることにつながる」と説く。
日本の若者はおとなしい。どんなに虐げられても、暴動さえ起こさない、とよく言われる。本当だろうか。
23日に発表された厚労省の統計で、25〜34歳の国民年金の未納率は約5割に達した。「やってられるか」「どうせもらえないんだろ」――。31歳の記者には、この数字が世代間格差への不満を抱えた若者たちの、静かな反乱に思えてならない。
(文・神庭亮介 写真・小暮誠)
■萱野の目 将来世代にツケ回すのは不公平
「世代間の連帯」「扶助の精神」といった言葉で問題を覆い隠しても、若年層の不満は消えません。世代間格差から目を背ければ、社会保障制度への信頼は損なわれ、制度の維持が困難になります。
ただ、世代間格差を今の高齢者世代と現役世代の対立としてとらえると、本質を見誤ります。現役世代だけではもはや高齢者世代を支えきれず、公債を発行して将来世代にツケをまわしているからです。選挙による意思決定にさえ参加できない将来世代に、巨額の借金を押しつけるのはフェアじゃない。
世代間格差の是正には、「見える化」が欠かせません。ある事業について、どの世代がどれだけ損失を被るのか、予算の段階で明らかにすべきです。将来世代の意思を反映するために、子どもの人数分だけ親に投票権を与える方法も考えられます。
サクラビア成城を訪れて感じたのは、世代「間」格差よりも、世代「内」格差。世代間で言えば、ここのお年寄りたちは、多額の消費をすることで現役世代の雇用を生み出し、むしろ格差の縮小に貢献しています。1億円以上の入居金を払ったうえで、月々数十万円も支出しているのだから、経済効果は大きい。
問題は、高齢者の世代内格差。現役世代から高齢者世代へは、税金や社会保険料など多額の所得移転がなされています。なのに、世界的に見ても日本の高齢者の貧困率は高く、世代内の再分配が機能していない。年金の報酬比例部分のカットなど、困っていない人には我慢してもらうことも必要でしょう。
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かやの・としひと 1970年生まれ。津田塾大学教授。著書に『国家とはなにか』『ナショナリズムは悪なのか』など。
引用:朝日新聞 2014年6月30日(月)